雲 水 日 記 2

 寺の暮らしも馴れつく。次第放逸に行く、旧に復するが如く。がきどもといっしょに川へ下りて、魚を取ったり、朝の鐘つきが億劫になる。
 桂巌雪水老師、於巻の千仏寺に接化、手伝いに行く。 摂心あり法話終わって、般若湯を召し上がって、揮毫する。
「うん、わしは何をしていたんかな。」
 と云う、取り巻きの尼僧ども、すわ禅問答としゃちほこばるのを、
「いや、近頃こういうことがあって困る。」
 といった。
「それはどういうことですか。」
 問うのへ、
「新到は無字をやっていればいいんだ。」
 と云った。もしや今の世、
(人の生面剥がれて、たとい見性底も役には立たぬ。)
 など、深く疑うところがある。
「堂頭さんは弥勒さんのようにな。」
 写真を見て師は云った。脇に写るわしを見ては顔を顰める。
 お盆の手伝いに発心寺へ行った、やけに暑いばっかりのいいことなし。
 本を見せられる、南天棒百話、沢木興道自伝、乞食桃水の三冊。南天棒は乃木将軍の師であったという、臨済の大物であった。痛烈にぶち抜くというか、
「こいつはまあどえらい。」
 舌を巻くには、なんの印象も残らぬ。沢木興道という人は、いい人である、出家する必要はない。乞食桃水、弟子志願者に、乞食の吐いた物を食えと云った、食えなかった、するとそやつを平らげて去るとある。
 生涯忘れえぬ記事であった。
「仏の太い綱に引っ張られねば、いったいどうして見性できよう。」
 師は云った。
 信ずるという、どういうものかわしの辞書にはなく。
 信ずるという大難関。
 夕方使いから帰って来ると、きざはしの辺に師が坐す。「あなたのようなご立派な人には、師たるは叶わぬ、出て行くがいい。」
 と云った。
「他の師を捜せ。」
 と云う、三拝して首つなげというか、
(てやんでえ箱庭めえ。)
「他に師があろうとは思いませんが、それでは。」
 と云って、飛び出した。上げ手巾して托鉢行脚の格好に、行鉢には風呂敷包みや下着を入れ、草鞋を履いて出る。
 既に秋の気配の、西は真っ赤な夕雲。
 はあてどこへ行くあてもなし。

  吐き戻す  吐き戻す
  ものを食らへと  ものを食らはむ
  云はむごと  浮き世草
  太ききずなの  夢に見えむ
  ありとせ聞こゆ  円明の月  

 なにしろ一晩をとて、濁沢の庵主さまのもとへ転がり込む、
「なにかあったね。」
 見破られた、いきさつを聞いて、
「あっはっはそりゃ修行になるわ。」
 とて泊めてくれた、翌朝門前に托鉢して五00円貰って出発。ねはん金というのが六000円あった、行き倒れになった時の葬式代。
 国道は車ばっかりの、かんかん照り、長岡まで電車に乗った。
 むちゃくちゃの旅だった。冷たいものを飲もうと思って、喫茶店へ入る、
「うちは間に合ってますが。」
「違う客だ。」
 のっそり。
 村道を行くと、川で遊んでいたがきどもが、
「かっこいい。」
 という、テレビと間違えてやがる。
 山古志のトンネルを抜けて、日が暮れた。泊めて貰おうと、訪ねる先々、
「今うちには病人がいまして。」
 という、へえ病人の多い村だなと、ぽっかり十五夜の月が出た。こうなったら夜っぴで歩こうとて、歌なぞ歌いながら行くと、自転車が来る、
「おすさん泊まるとこねえのか、だったらうちへ来い。」 
と云った。地獄に仏はこっちなが、ありがたいついて行った。
 蚕を飼う家だった。二階も下もいちめん蚕のお棚。ご馳走が出る、まず風呂へ入れという、かあちゃん素っ裸で出て来る、じいさばあさいる、なんとも嬉しいもてなしであった。
 夜は赤ん坊加えて川の字になって寝る。
 涙の出るほどに思うのに、それを表わせぬ、自閉症だ、(これをどうにかせねば。)
 とて、お経を上げて辞す。
 谷川で裸洗濯をした。
 小出の弟の所へ頃がりこんだ、またもやぐうたら兄貴の面倒を見る。
 バスに乗った、隣合わせのかあちゃんが、
「おらあほういい村だで、托鉢して行け。」
 と云った。
 杉林の一村に托鉢すると、お米ばっかり五合一升と、そりゃ百姓のお金であろうが、動き取れずなって立ち往生。
 その米出して、清水峠の宿に泊まった。清水峠越えは唯一楽しかった、せせらぎとかんらん石の巨大な一枚岩。高山植物が咲く。
(なんでこんなことしている。)
 たって身から出た錆。
 野宿もした、蚊が食う、夜明けは寒い、たいてい一睡もできぬ。
 お寺なんか泊まってやるもんかと思う。たとい飛び出したって、師は葬式稼業とは違う。
 山路を行ったら、一日歩いて元へ戻って来たり。
 八王子の友人のもとへ行き着く。新婚早々のをとっつかまえて、
「どうだ、おまえも出家しろ。」
 と云った。
 甲州街道を辿って発心寺へと、一夜して引き返す。
(こんなことしてもなんにもならん。)
 体力の限界だった。

  僧にして  食はむ為 
  経を誦しつつ  何をし読まん
  まどろまん  まどろめば
  巻機山の  花は花と云はず
  大石の辺  月は月と云はず



   二、発心寺僧堂安居  

 巻の千仏寺から発心寺へ安居した。袈裟行履に後付けして、胴鉢に応量器を包んで縛りする、いかい世話になった。尼僧のそれとは違うのか、どっか珍妙な格好だった。 庫院前に板を叩く、
「免掛塔宜しゆう。」
 と云って、叉手して立つ。むかしは三日あるいは七日も立ちん棒だった。頃合いに接客和尚出る、
「なにしに来た。」
「仏道修行に参りました。」
「仏道ってなんだ。」
「仏とは何かという、およそ人たるものの取るべき道だと思いますが。」
「ふうん、うちじゃそういうだいそれたことはしとらんで、帰れ。」 
何云ったってらちあかん、どんな問答だったか忘れた、急に目眩がする、吐きそうになって倒れ込んだ。旅の疲れが出たらしい、そのまま上げられて、旦過寮へ入った。
 袈裟行履を解いて、龍天さんという軸を掛け、七日の間坐りっ放す。飯だけは運んで来る。一食忘れられた。だれか障子の穴から覗く。三日過ぎて法堂に出る、朝夕のお経をいっしょに上げる。
 とにかく仲間入り。たとい命失うともという誓紙に血判、
「いくらいくら下さい。」
 という、諸方挨拶、
「ない。」
 ねはん金まで使っちまった。では仕方がないとて案内する、三拝して回る。
 僧堂に寝る、かんきという押し入れがあって、そこへ蒲団を押し込む、その上が応量器と経本を置く棚。畳一畳。単に面壁して、くるっと回る上がりかまちが飯台だった、だからそれを踏まぬように坐す。
 千年以前からまったく変わらぬ、一挙手一投足。
 柱側の足から入って、一礼して右回りに自分の位につく、聖僧という本尊さまを過らない。裏口があった。
 土間を拭いて顔が写るまでに磨く。
 じきに摂心であった。
 秋は九月からを、夏は四月からを制中と云う。
 掃き掃除をした。雲衲は六、七人。新到は鐘司であった、大梵鐘をつく。朝六時、十一時、夕六時、九時。
摂心になった。四時振鈴、
「新しい人総参。」
 と云って、維那に率いられて、堂頭老師の室に入る。僧はわし一人、在家が何人かいた。
「とにかく坐ってみる、なにしろ坐ってみることじゃ、ただ坐る、只管打坐と云うな。次には吐く息吸う息、呼吸に合わせて坐る、随息観じゃ。あるいは一つ二つ十まで数えてまた一つ二つと繰り返す、数息観じゃ。」
 堂頭老師は示す。
「まあこれを幼稚園小学校じゃな、それを卒業すると、いよいよ無字の公案じゃ、中学校という所じゃ、その上の高校大学とあるが、どうじゃ一つおれは中学校からという者はおらんか。」
 と云った。だれもいずわしだけが、
「はい。」
 と云う、そういうことになっていた。一人残って無字の公案を授かる。
「心機丹田、臍下丹田とも云うな、へそ下のこのあたりに無の字を置く、無はむでもムでもよいぞ、そうしてそれを見つめ見つめして行く。」
 なんでそんなことをといって、やるよりなく。

  いにしへゆ  影形の     ひょうたん
なまずの    あひ見る如き   河の辺の
 河の辺の 
  水は澄めるや  たゆたひすらむ  
  なほ濁れるや  発心僧堂  

 へそ下にムの字を置く、案ずるより生むがやすしで、ムの字赤くなったり青くなったりやっていると、盛んに妄想が出る、風景や人の顔やネオンサインや、そのうちピカソばりの抽象絵画の千変万化、これもし写し取るカメラあれば一財産という。
 雲衲は柱開なし、食事用便の他は坐りっぱなし、
(はておれは何をやってんのかな。)
 あそうだ、出家してこうして坐ってるんだっけ、とか云う他なくて終わる。
「今回も残念ながら見性者はでなかったが、善根山上一微塵も積む、他日異日必ずや。」
 堂頭老師の垂語を聞き、紅白の餅を貰って食う、急に意識が奪われる、
(気違いになる。)
 必死になって繋ぎ止める。
 見性のこれがそうだとすると、止めた方がいい。
 雲衲はでかちゃんこと角力崩れの広道士。満祐という若い盗癖のある。良念というやくざっぽいの。義道士は駒沢大学を出て、本山へ行かずに来た、これはまじめな。
また雪元という六十老雲水の(みな仮名)、わしを入れてたったの六名。
(なんだこりゃ化物屋敷か。)
 という程にさびれていた。維那雪溪老漢は、今の発心寺堂頭老師である。
 わしは僧堂の弟子になり、雪水老師の雪の一字を戴いて雪担という。
「せきたんさん肥担ぎ。」
 真っ黒い面だもんで維那和尚が云う、半端エリートには肥担ぎがいいんだそうだ。
天秤棒担いでゆっさりゆっさ、弾みがついて跳ね飛ぶ、ぴっしゃり面へついても平気なもんだから、
「ひやー。」
 と云って維那逃げる。菜園があって菜っ葉など作っていた。
 自給自足が建て前で、燃料は山の木を伐って薪にする。 月の十五日と二十八日が托鉢であった。行事綿密といって本山のような煩瑣はなく、道を専一の作務暁天坐黄昏坐日課、単調な繰り返し。
 四と九のつく日を四九日といって、剃髪し開浴といって風呂がある、身の回りのことをする。
「雪担さん飲み行こう。」
 良念和尚が云った、
「わしおごる。」
 そんなら行こうかと云って、ついて行く。コップ酒飲んでラーメン一杯食って帰って来たら、典座に呼び出しを食らった。
 お宅の雲水さんどこそこで飲んでまっせという、電話があったそうの。
「謹んで下さい。」
 ちええなんてえこった。頭へ来た、良念さんが行こうというと、ついて行く。

  柴を搬ひ  石を担ひ 
  石を担ふて  雅びの舞いも
  行き行くに  なにせむに
  死ねばや失せん  破れほうけて
  破れほうけも  海千山千 

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画像の出典  2003年11月/東山寺玄関から茶室を覗く。接客中の方丈
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by tozanji | 2002-12-03 11:51 | 雲水日記


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