雲 水 日 記 5

   四、玉葱僧堂の末裔

 死んだって文句も云えぬ、戒厳令下の僧堂摂心を抜け出した。でかちゃんがのっこり歩いている、危うく交わして電車に乗った。荷物は大心和尚が纏めてくれるという、着流しの衣に絡子に頭陀袋、ひげは剃らぬまま、下駄履き、
(若し会いに行って本物でなかったらどうする。)
 これが最後だ。母と弟になんと云えばいい、
(もうどこへも行けぬ。)
 一夜まんじりともせずに、電車を乗り継ぐ。
 早朝浜松の駅に着いた、云われた通りに電話する、
「電話じゃわからんで、まず来てみなさい。」
 切り口上の、学者のような口調、
(学者じゃどうしようもねえ。)
 バスに揺られて三0分、茶畑の中を行く。山寺という愛称の通り、こじんまりした寺に山門ならぬ、冠木門があった。
 玄関に白衣着流しの、たくましいというか、どっか田舎じっさみたいな人が立つ、やけになって、いきなりぶっつけた。
「座禅はなんの為にするんですか。」
「もとこのとおりあったものが、いつのまにか自分でも知らぬまに、おかしくなってしまっている、それをもういっぺんきしっと元へ戻す。」
 問い終わらぬうちに答えが返る、壁のように八方虚空から、
「信じろと云われました、どうしても信じなけりゃいかんですか。」
「信じようが信じまいがもとこのとおりにある。」
 あっはっは信は不信の始まりというが、
「このままでいいっていう、それをどうして修行だのなんだのいう。」
「このままでさっぱりよくないといっている自分を忘れる。」
 こりゃとんでもないものがいた、まるでカフカだというからおかしい、
「わたしは長い間文学だの音楽だのいう、やくざなことをして、ゲーテはゲーテの世界ピカソはピカソの風景という、百人百様のその上そいつが破れほうけて、目茶苦茶というかどうもならんのですが。」
 しまいそのように聞くと、
「しばらくほっといたらいいです。」
 と云った。
「ほらこうあるこれっきゃないんです、とやこうのことは嵐や木枯らしのように納まるんです。」
 父に会えた、わしはそう思った、語の響きであったか、ほとんど話はちんぷんかんぷんだった。ともあれ長い遍歴終わる、出家前からの遍歴に違いぬ。
 参禅を許されて、門前にある阿弥陀堂へ入った。屋根が破れて月光が降る。
 雨をしのぐ部屋には、夜具一式と鍋釜茶碗に、五合の米と味噌醤油があった。ビニールに包んできしんと納まる。
(玉葱僧堂の先輩だ。)
 目頭が熱くなる。
 破竹の林があった、筍を取って三日食いつないだら、大心和尚が来た、我国最後の雲水という、さっそうたる行脚姿、
「どうだ。」
「うん。」
「なにいここへ来てまだ文句云うってんなら、そんなもんわしら知らねえぞ。」
「違う。」
 感極まってさと、和尚は老師に挨拶に行く、浜松龍泉寺井上義衍老師、にこにこ帰って来て、
「ここは手狭だ、下にもうちょっとましなとこあるから行こう。」
 と云った。

  伝へ聞く  きざはしに
  浜のま砂の  月の光の
  一握の  問えるには
  縁にぞあれ  破竹も夏の
  この我にして  茂みなりけれ

 それは無住になった黄ばくの寺であった。この辺り土葬の風習があり、寺にはお骨のない空墓が建ち、別に土饅頭の塚所がある、つまりその守り寺であった。土饅頭が半分崩れて、ごん太いわらびが生える、大心和尚と二人、よくそれを取って食った。
 竈があり台所がある、ここもまたよく整頓されて、鍋釜茶碗類、二つの部屋には、夜具もあり蚊帳があった。
電気はなかった。
 掃除して、坐る所と部屋を決め、届いた荷物を片寄せて、
「では落ち着きのいっぱいやっか。」
「おれ酒買う。」
 わし肴買おうといって、じき下のなんでも屋へ行く。
蚊帳を張って、入り込んで月の明かりに一献。
 明くる朝はでん坐る、
「首つながったんだぜ、もう四の五の云ってるひまはねえんだ。」
 大心和尚、坐ったっきり動かない。
「飯の支度を。」
「いやわしする。」
 どっか掃除をたって、いいや任しとけ、一柱も三柱もあったもんではない、とにかく本人が坐ったきりじゃ、さぼるもわけにもいかん。
 からんころん下駄履いて、県道を独参に行く。
 型通りお拝するには、
「いいからもそっとこっちへ来なさい。」
 春風駘蕩と老師、茶所のいいお茶を煎れる、その急須と茶碗を示して、「どっちが大きいです。」
 と聞く、どっち大きいたって、ー あるいは、
「どんな色してます。」
 と聞く、そりゃもうこげちゃ色で、二度三度するうち、色もなく大小なく。
 ふっとけだるいような、
「いやなに、ちょっとこれのありようを見させてやろうと思ってな。」
 後に老師は云った。
 中古の自転車を買った、それに乗って銭湯へ行く、駅まではまた遠かった。お粥には昆布といって、浜松の街まで買い出しに行って、帰りに映画を見た。
「飯田とう陰さんも映画好きでさ、小浜の映画館抜け出しちゃ行ってたって。」
 あれほれどうなってんかな、向こうがこっちんなっちゃってこう動いてんだ。
 てなわけには行かず。大顯とう陰大和尚、発心寺亡僧ふ吟にたしかあった。いろんな伝説が残っていた、一転語人に云われると、ああ烏が鳴くと云った。門前にむしろ掛けして住んでいた。朝っぱらから酒を飲んでいる、雲衲が註進に及んだ、飛び出して来た祖岳老師、一睨みでいすくんじまったなと。
 只管打坐を老師に伝えた人である。
 草むしりをしていると、
「はて。」
 という、なにをするかわからない感じ、井戸の水を汲む、汲み終わってから、
「あれ、水を汲んでいた。」
 と気がつく、清水のようなものが走る。老師に挙すと、
「むろん後の方がいい。」
 と云った。

  清水の  魚に似て
  行くが如くに  魚は行くなん
  うつせみの  清む水の
  我を無うして  いつかな尽きぬ
  見なむ我をぞ  法の道なれ

 摂心は隔月にある、山寺の摂心には魂消た、坐ったらだれも動かない、柱開もなけりゃ食事やお経あるまで、でん坐ったっきり。
 こっちはトイレ行くふりして、なにしろさぼる。大心和尚は始めての時、なにをこなくそうとて先輩達と同じに坐って、
「もうこうんなになっちまってさあ。」
 と、どうにもおかしくなった。大心和尚らしい。
 あるとき摂心に妄想が出て困る、よしこれをなんとかしてくれようとて、やればやるほどに妄想盛ん、三日四日真っ黒けになってやっていて、もうどうにでもなれ、お手上げ万歳したら、ぱあっとなんにもなくなる。
 なんにもないという、心意識が失せたんではない、それを取り扱うものが失せた、ぽっと出ぽっと消えると老師の云う、一つことになった。
 皆由無始貪嗔痴、取り払い取り去り生まれ変わり死に変りという、旧来の教えを免れること、これを証する。
「そうかい、でどうなんだ。」
 大心和尚に云われると、たしかに、
「どうなんだ。」
 と問い返す他なく。
「えいめんどうくさ、映画見に行こ。」
 と云って出かけて行く。
 老師提唱はさっぱり分からなかった、次に講台かちんとやるぜ、ほうれやったとか云ううち、なるほどと頷く。
「目を開いて相を見る、こりゃいいようなんだが、そうじゃない、自分がどういうものかと観察する、ではその自分如何という問題です、あるいはまったくの嘘なんです、相というたとい何相であっても、そんなものありっこないんでしょう。心は境に随い起こる、いいですか心といったって、もと自分のものなんかない、いえ自分のもの目に見えないんです、異論諸相としてこうある、世間そのものです、囚われている何かしらあるんです、いったんそれを去って下さい、心虚無境、境処無心を知って下さい。」
 たとい分かったってたいていなんにもならない。
 いろんな人がいますよという。電車に乗ろうとしてどうにも乗れなかった、向こうの動きが同じになっちゃうんです。酒を飲んでいるのを見てたら、こっちが徳利持ってこう飲んでる、自分はどこへ行ったってアッハッハ慌てて捜す人とか、ですから割合坐中には少ないんです、坐ったあとこう構えるのが外れるんです。
 人真似したってそれは駄目ですよと。
 臘八になった、何日めかにまた、
(おれがおれになった。)
 という不思議な。 
 薬石後在家がよったくって、老師を招いて坐談する。老師はいきなり、
「雪担さん、どうですそれでいいんでしょう。」
 と聞く、
「はあ。」
「でもちらと残っている気がする。」
 その通りであった。
 残るは修行が足りぬと、そうではないちらとも、
「ある気がする。」
 のだ。臘八総評に老師は、
「大心さんはいい線を行く、雪担さんはちらとも気がついた。」
 と云った。

  振り返る  舞ふ雪も
  我をのうして  何をか思はん
  万ずみな  振り返る
  来たる如しの  我をのうして
  空なるかなや  万ずかも行く

 大心和尚、東北は岩手の産、両親が相次いでなくなって、子供三人それぞれに引き取られて行った。
「心配すんな、高校ぐれえは出してやる。」
 というのを、答案を白紙で出して近くのお寺へ行った、頭を剃って貰った、どうしても死んだ両親に会いたいという、その思いであったと。
 奥の正法寺と云われる正法寺細川石屋老師の弟子になる。師は禅師の位を抛ったという剛直、
「おまえのような者をこそ待っておった。」
 と云った。坊や坊やと可愛がられた、またそれによく答えた、嗣法は血書し、遙拝また一千拝、如法に行なうあとに、ひまをくれと云った。
 どうしても求めたいことがある、行脚に出るという、
「ばかったれ。」
 あんなに怒った師を見たことはなかった、三日も室を出ずという。大心和尚諸方遍歴ののちに、浜松に至る。
「いやへんなのが、のこのこ歩いてるんだ、可哀想だ呼ばってやれつってな。」
 と、後に禅師になった板橋興宗老師がいった、それは玉葱僧堂の托鉢だった、
「先輩方理想だと思ったぜ、そりゃ今でもそう思う。」
 と大心和尚。参じ去り参じ来たって、十年になんなんとする、
「老師のもとをはなれたらいかん、無駄な時間が多かった。」
 ついに得ようとする。
 手縫いのふっさりとしたお袈裟を持つ、嗣法の印である。毎朝それを塔けて東へ、奥の正法寺へ遙拝する。
 高校中退の大心和尚と、大学裏表のわしと、なにしろわしは坐るに飽いて、
「いっぺえやっか。」
といっては議論を吹っかけた。ついぞ勝てた試しがなかった。
「おまえはしょうがないやつだ、別々に暮らそう、向こうへ行け。」
 という、仕方ないまた阿弥陀堂の住人になる。時として行ってみると、三日も坐ったまんまでいたりする。
 銭がなくなると二人托鉢に行った。

  白川の  しらたまの
  関を越えては  酒を汲みては
  みちのくの  何思へ
  行くも帰るも  行くも帰るも
  正法の寺  正法の寺

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画像の出典  2003年11月/東山寺・茶会と津軽三味線のつどい
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by tozanji | 2002-12-03 11:53 | 雲水日記


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