空としてなにかあるものではないです、空観なと学者のたわごとです、そんなあほなことを云っている自分を空じ切るんです、すると自分消えてものみなぜんたい、というそれをも観察しない、空前絶後の事、我と有情と同時成道です。

 仏教も仏教学もとんでもなく膨大です、人の一生では百万分の一も到達できないほどです、あれがみんなむなしいんですか。
 はいそのとおり、百害あって一利なしです、それによって暮らしの糧を得る、学者説教師本屋印刷屋の為にあるんです、もし仏を求めるんでしたら、見向きもしない覚悟が必要です。



c0015568_1450046.jpg


画像の出典  東山寺/ 曹溪山東山寺(そうけいざん・とうざんじ)の本尊は釈迦牟尼仏。 宝永五年(一七○九)の 『東山寺由来記』 によると、この寺は、鎌倉時代の中期、宝治二年(一二四八)、宋の蘭溪道隆禅師(そう の らんけいどうりゅう ぜんじ/一二一三 ~ 七八) によって開かれた古刹です。寺には禅師の持物 (じぶつ) の袈裟、数珠、香合等が伝えられています。
 その後天文三年(一五三四)、大面城主(おおもじょう主)・丸田伊豆守が七堂伽藍(しちどうがらん)をつくり、上州沼田の玉泉寺(ぎょくせんじ)五世宣州を招請して再興の折り、臨済宗から曹洞宗となり、山号も黄檗山(おうぱくざん)から曹溪山に改められました。
 曹洞宗の近郷一円の中心寺院でしたが、明治戊辰の役の兵火で本堂や庫裡を消失し再建、現在に至っています。
 本堂には五百羅漢などの諸物、江戸時代中期に建立の山門には栄町指定文化財の四天王像を安置。山門脇には山門と同時代に建立された高さ一丈余の延命子安地蔵、寺の裏手には三十三番札所にちなんだ石仏があります。

[PR]
by tozanji | 2005-03-27 00:00 | ぜんごぜんご


<< 第三十五則 洛浦伏膺 念 >>