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第四十七則 趙州柏樹

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 衆に示して云く、庭前の柏樹、竿上の風幡、一華無辺の春を説くが如く、一滴大海の水を説くが如し。間生の古仏迴かに常流を出ず。言思に落ちず若為んが話会せん。

 挙す、僧趙州に問ふ、如何なるか是れ祖師西来の意。州云く、庭前の柏樹子。

 祖師西来意とは達磨さんがインドからやって来た意とは、ということです、柏は日本のかしわと違って松に近い常緑樹だそうです。如何なるか是れ祖師西来意、庭前の柏樹子と、禅問答代表みたいになって、型にはまって目前の露柱だの、卓子だのやってます。猿芝居の晋山式や小参問答など、それを見た県会議員が、さすが坊さんはえらいもんだ、師の尊答を拝謝し奉るたって、わしら議会納得させるのには命がけだと皮肉った。自浄作用のない若い坊主ども、云う甲斐もないんですが、庭前の柏樹子という破天荒なんです。仏という悟ったらという、なにかしら思い込みがいっぺんに吹っ飛ぶ。飛び板の辺に乗っていたやつが、飛び板ないんです、真っ逆様に墜落して七分八裂する、いえあとかたないんです。アッハッハこりゃ話堕に落ちたですか、大趙州なんたってとやこうの余地ないです。とうやこうがとやこうと回向する、一華無辺の春、一滴大海水です。間生古仏、五百生の大善知識といわれる、六祖また大趙州です。ちなみに竿上の風幡は、六祖風動幡動の則です、風も動かず幡も動かず汝が心動くなり、はいこれ体現して下さい、ほんに木の葉揺れずこっちがこう揺れ動くんですよ。

 頌に云く、岸眉雪を横たへ、河目秋を含む。海口浪を鼓し、航舌流れに駕す。撥乱の手、太平の籌。老趙州老趙州、叢林を攪攪して卒に未だ休せず。徒らに工夫を費やして、車を造って轍に合す。本技倆無うして壑に塞がり溝に填つ。

 面白いですね、岸が眉で河が目で河口ではなくて海の口、航跡が舌、これ文人ならでかしたというんでしょうが、実に五体あっちがわというんでは百歩遅いんです、庭前の柏樹子と、なり終わって毫髪も残らんのです。だからこの頌は、風景だけがある、面白いのはそこなんです。なんとも譬えようにないんですよ、そこからして言語する、我という架空に陣取ってとやこうを、まずはぶっ食らわせ撥乱の手です。
籌ははかりごと、太平という人情沙汰ではない所をもってす。老趙州老趙州です、まさに右に出るものはいないんです。六十歳再行脚、我より勝れる者はたとい三歳の童子と雖もこれに師事し、我より劣れる者は、たとい百歳の老翁と雖もこれに教示すという、齢百二十までも叢林僧堂です、帰依僧和合尊の拠るところ、祇園精舎です、よどんでるやつひっかきまわして、未だ休せず、よどんでいるというのは、転法輪仏教の車かくあるべしと、工夫してもって轍に合わせること。そうではないもと技倆なくして、だからとか頭の鉢通さないんです、壑は谷、太平まったいらをとやこうってのどかんとやるんです。どうにもこれが籬の外大道長安。

画像の出典  オーストラリアの野生植物/方丈の旅行記より
by tozanji | 2005-05-17 00:00 | 従容録 宏智の頌古


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