第五十六則 密師白兎

c0015568_21423326.jpg

 衆に示して云く、寧ろ永劫に沈淪すべくとも、諸聖の解脱を求めず。提婆達多は無間獄中に三禅の楽しみを受け、鬱頭藍弗は有頂天上に飛狸身に堕す。且らく道へ利害甚麼れの処に在りや。

挙す、密師伯、洞山と行く次いで、白兎子の面前に走過するを見て、密云く、俊なる哉。山云く、作麼生。密云く、白衣の相を拝せらるが如し。山云く、老老大大として這箇の語話をなす。密云く、爾又作麼生。山云く、積代の簪纓暫時落薄す。

 だいばだったは無間地獄に三禅という、色界の大三天だそうです、有心の禅ですか、まああんまり楽しくはないんですが、夢中の楽しみのようにも思える、うまく行ったよかった済々だのいって坐っている連中ですか、でもって妄想我欲界です、仏の行ないという、善行には届かないんです。だいばだったはお釈迦さまの従兄弟です、仏を謗り五逆罪を犯して生きながら無間地獄に落ちる。阿難をして伝問せしめるに、汝地獄にあって安きや否やと。我地獄にありといえども三禅天の楽の如しと。だからどうってことないんですよ、もう一つ抜けりゃほんとうの楽を知るんです、無間地獄がふっ消えます。
 うずらぼん仙人という、仙人五通を得て空を飛んで王宮に食し、王妃の手に触れて通力を失い云々、以後さまざまあって失敗して、定に入るには定に入れずなど、死んで飛狸となって三悪道に落ちるとある、これもよくよく自分の坐に省みりゃいいです、通力を得たい、たいしたものになりたいなどいって坐っていませんか。すんでに情欲に囚われて、元の木阿弥の積木遊びです。おれがなにをどうするという、その根本を切らねば、ただそいつにしてやられるんです。
 神山僧密禅師は、雲巌曇成の嗣、洞山良价の法友にして常に行をともにす、どうもこれ白兎が面前を走過する、うわっ俊なるかなというんです、すばやいな。山そもさん一句道へという。進士に及第して天子にお使えする官吏ですか、白衣という、なにしろこの上なしのまあ、破天荒という文字も、これに及第しない天荒というからに起こったという、たいへんなものであったんです。そやつを拝む如くという、白い兎と俊敏に過るからに云ったんですか、老老大大としてまあ世間ご老体みたいに云うなといった。じゃおまえそもさん、洞山云く、簪纓首飾りと冠のひも、そいつをつけた積代の貴顯がしばらく落ちぶれて乞食になる、といった。さあどういうこったか人々よく見てとって下さい。飛んで行く鳥を見て、はとだからすだいっているところへ、あれはわしだよと老師、一箇うけがうものなし、俊なるかなといって、暫時落薄ですか。

頌に云く、力を霜雪に抗べ、歩みを雲霄に平しゅうす。下恵は国を出で、相如は橋を過ぐ。蕭曹が謀略能く漢を成す、巣許が身心堯を避けんと欲す。寵辱には若かも驚く、深く自ら信ぜよ、真情跡を参へて漁樵に混ず。

 下恵出国、柳下恵という人出国しようとするのへ、どこへ行こうが同じだ、道を直にせば三たびしりぞけられる、まげて人に使えて父母の郷を去る如何と論語にある。
相如過橋は、司馬相如少にして書を好み剣を学んで云々、蜀城の北に昇仙橋ありと、題して日く、大丈夫駟馬の車に乗らずんば、またこの橋を過ぎずと。蕭曹、蕭何曹参ともに漢の帝業を助けた人物。巣許、堯帝の召すを聞いて耳をそそいだ許由、その水を汚れだといって牛に飲ませなかった巣父。なんたってまあこの則、本来載すべきにあらずの処があって、故事来歴もややこしく。密師伯という人はこれで見るかぎり、悟もなんにもない人で、なにしろ曹洞宗の開祖さんたる、洞山良价とともに旅をする、高位高官であったか、詩人であったかいい人だったんでしょう。力を霜雪にくらべ、歩みを雲霄に平らす、美しい女であろうが貴人であろうが、いえただの人であろうが、伝家の宝刀をふるうのに、目くじら立てるこたないというんです。あと省略、深く自ら信ぜよというのは余計事です、平らかでありゃいい、漁師も樵夫もないんです、でもまあ宗門人と混ずるのは健康に悪いです、なるたけ面見ないようにしてます、すっきりしないってえか、うすら気味悪いですアッハッハ。

画像の出典  オーストラリアの野生植物/方丈の旅行記より
[PR]
by tozanji | 2005-05-26 00:00 | 従容録 宏智の頌古


<< 第五十七則 厳陽一物 第五十四則 雲巌大悲 >>