第八十五則 国師塔様

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 衆に示して云く、虚空を打破する底のちん鎚、華嶽を擘開する底の手段あって始めて元、縫虍なき処、瑕痕を見ざる処に到髏。且らく誰か是れ恁麼の人ぞ。

挙す、粛宗帝、忠国師に問ふ、百年の後所須何物ぞ。国師云く、老僧が与めに箇の無縫塔を作れ。帝云く、請ふ師塔様。国師良久して云く、会すや。帝云く、不会。国師云く、吾に付法の弟子耽源といふものあり、却って此事を諳んず。後帝耽源に詔して此の意如何と問ふ。源云く、相の南、譚の北、中に黄金有って一国に充つ。無影樹下の合同船、瑠璃殿上に知識なし。

 南陽の慧忠国師は六祖大鑑慧能の嗣、国師号を賜る、これはすばらしい時代であった、インドにもタイにも中国にも、また日本にもこういう時があった。歴史上の一瞬正義の行なわれうること、無量劫来この大宇宙に一頁を記すんですか、欲望がらくた、人間という賽の川原の際限もなしにです。でもまあ帝の問いに対して、良久して会すやという、わっはっはさすがは慧忠国師、そのころだって無明の大多数です、口を酸っぱくしたって会するものなしを、百年ののち所須、わが用い求めるところ如何と問う。あるいはせっかくの国業がどうなっているかという、老僧がために箇の無縫塔を作れ。縫い目のない塔です、ものみな手つかずの無縫塔、坊主の墓卵塔はまさにこいつを象ったんですか。塔様如何と問うに、自らと環境をもって示すのです。他まったくないんです。とやこう理屈したってそりゃ、はあそうですかという納得で終わり、これ政治の乱れ人心破綻の原因なんですよ。まったく他にはなし、思想イデオロギー諸の宗教という、無縫塔にあらざる、その国無影樹下の合同船にあらざる、よってもって歴史という無惨地獄絵を人類の資産とする他なく、なんという情けなさ。北条氏蒙古を迎えて滅びるんですか、実に時の執権これを用いて他なし、日本史の白眉であるとわしは思っています。帝かなわず、では弟子の耽源に聞けという、相の南譚の北形相譚論には拠らずというんです。無縫塔です黄金に充満しています、無影樹下影さす思想是非のない、無影樹下の合同船をもって彼岸に渡る法の櫂、瑠璃殿上に王の居城に知識なしです、花は知らないと答える、人間の如来は人間に同ぜるが如し、いつの日か進化して、毛なし猿の人間も地球のお仲間入り、花と昆虫の一億年戦争、はいたとい戦争ならそんなふうにさ。

頌に云く、孤迥迥、円陀陀。眼力尽くる処、高うして峨峨たり。月落ち潭空しうして夜色重し。雲収まり山痩せて秋容多し。八卦位正しく、五行気和す。身先ず裏に在り見来たるや。南陽父子却って有ることを知るに似たり。西竺の仏祖如奈何ともする無し。

 まあこりゃこういうこってす、詞華としてよく味わっておきゃいいです、眼力という世間珍重の役立たぬ世界です、え-とだれであったか雲に経文なぞ見るなといっておいて、自分は声明を口ずさむ、なんでと聞いたら、おまえらは眼光紙裏に徹するから駄目なんだと云った。高うして峨峨たりですか、自分失せてものみなは、そうですねえ如来として現ずるんです。するとたいてい他の清々著とは雲泥の相違、なんか取り付く島もないんです。月落ち潭空しうして夜色重し、雲収まり山痩せて秋容多し。これ対句でもってアッハッハ習字でもしようっと。八卦は周易で陰陽の爻を組み合わせ八つの形、これをもってものみなに当てる、転じてうらない。五行は木火土金水の五元素また菩薩行の布施持戒忍辱精進止観。ここはまあ前者人のやることものみなぴったりと行くというこってす、そりゃ自分という架空請求から免れた人間です、当然のこってすか。南陽父子南陽の慧忠国師と弟子と、西竺はお釈迦さんも達磨さんもです。
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by tozanji | 2005-07-23 00:00 | 従容録 宏智の頌古


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