舎利子しゃ-りぷとらお釈迦さまの十大弟子のお一人という、なにもとはわしらと同じぼんくらです、三蔵法師はうまく訳していますよ、校舎の舎利益の利子は人です、てめえとてめえの家の利益ばっかり考えているおまえさんよ、
色不異空空不異色此岸自分というもとないものを中心にして見るを色という、その敷居を一歩跨いでごらんというのです、せせこましい我利我利を抜け出ると、広大な世界色によらぬ空が広がっているではないか、初めて精一杯深呼吸もできるよ、でもって振り返って見ると、我利我利亡者の巣なんてなかった。

お釈迦さま明星一見の事があるんでしょう、我と有情と同時成道、これが色不異空と知り、空不異色と省みる、初体験です、ほかの方法はないんです、自分というものがまったく失せて、ものみなです。

大死一番大活現成といい、至りえ帰り来たって別事なし、花は紅柳は緑。という感動。

色即是空空即是色能くこれを保任せよという、それによっての生活認識があるんです、これは十牛の図のたとえに似ている、色即是空と空即是色と同じではないんです、仏教に囚われることあっては、本来人ではない、自由の分がないんです、しかも仏教以外にしるべはない。

死んで死んで死にきって思いのままにするわざぞよき

受想行識亦復如是ものみな一切またかくの如し、こんぐらかりこんぐろまりっと、思想執念として、あるいは一般あるいは歴史哲学等、重くのしかかっていたそやつが、雲散霧消する、自分というこんぐらかりこんぐろまりっとがない。無心であり無身です、色即是空とはこれ。


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画像  静岡市葵区にある清水公園の滝/音羽の滝:撮影2004年8月29日
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by tozanji | 2005-09-02 00:00 | 提唱心経


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