七、無苦集滅道無知亦無得四

七、無苦集滅道無知亦無得四

苦諦というんでしょう、お釈迦さまが王舎城の四つの門を出るのに、生老病死の四つの苦しみを見る、実にこの世は苦である、一切が苦の諸相であり、これを滅するための工夫であり、その為の諸宗であり、道です。
そんなものはない、不必要であるのは、たとい七転八倒も無、真正面に向き合うだけです、するとないんですよ。しかも知にもあらず、得るにもあらず、大虚の洞然として明白也、もとこの通り、かすっともかすらんです。

以無所得故菩提薩た無所得の故にぼ-でぃさっとば、修菩薩道ですか、これがどうしてもわからない。あの大趙州でさえ、十八歳に見性してしばらく悶々としている、ついに南泉に問う、如何なるか是れ道、南泉云く、道は知にもあらず不知にもあらず、若し本来を見ば、太虚の洞然として云々と是れを示す、そうかといって徹底するんです、仏という道という何かあると思っていた、求めるからに得られるもの、そうではないというんです、

苦しみを説き終末を説きする、あるいは民族の不幸を云い、選良を云い、だから神を信じろ、救いを待て、戦い抜け、耐えろという、今の新興宗教も同じです、一人仏教だけがこれを免れる、智恵です、まったく他の諸宗とは関係がない、諸宗といういずれ同じ穴のむじな、よさそうであるほどに危険なんです、知慧、般若波羅蜜多ぱ-らみ-た-彼岸にわたる実知慧です。


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画像  鳩に餌を与える老婆:撮影2004年8月29日
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by tozanji | 2005-09-06 00:00 | 提唱心経


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