第二章

第二章

阿難陀尊者、迦葉尊者に問ふて日く、師兄、世尊金襴の袈裟を伝ふる外、別に箇の什麼をか伝ふる。迦葉、阿難と召す。阿難応諾す。迦葉日く、門前の刹竿を倒却著せよ。阿難大悟す。


阿難尊者は王舎城の人なり、世尊の従兄弟にあたる、阿難陀、慶喜または歓喜という、如来成道の夜に生まれる、容顔端正にして見る人ごとに歓喜す、故にその名ありと。多聞第一にして聡明博識なり。仏の侍者として二十年、仏の説法として宣説せざるはなく、仏の行儀として学し来たらざることなし。さらに迦葉に随うこと二十年、あらゆる正法眼蔵悉く通達せずということなし。
そうしてこの因縁があります。師兄、師であり兄弟子です、すひんと読む、世尊お釈迦さまは、伝法の印の金襴のお袈裟の他に、何を伝えたんだろうという、かつて金襴のお袈裟など二の次三の次であったです、我に正法眼蔵ねはん妙心あり、あげて迦葉に付嘱すという、その畢生の大事、はあてなあというんです。ついにその時が来たんです、迦葉、阿難と呼ぶ、はいと応諾するのへ、
倒却刹竿著、
門前の旗竿を倒してこいという、阿難大悟す。
赤い旗を立てて、ここに大法ありのしるしです、もしだれあって法戦一場して、これをうち負かすと、竿を倒して行った。また次に譲る時はおのれの旗を倒したんです。阿難三日耳を聾すとあります、わずかに残ったうす皮一枚剥がれたんですか、正法眼蔵悉く身に就いて、すなわち行住坐臥行なわれるとは、忘れ切る他になく、仏とは何かという、いったいそいつがどこへ行った、大切この上もないものがという、ちらともあったんでしょう、俗人修行とちがうんです、ノウハウ=自分です、自分がなを残った、倒却刹竿著その糸がふっきれる。ついに摩訶迦葉から阿難に付嘱して、大法がつながったんです、今日に至る。
もし金襴のお袈裟の他に箇の何をかあったら、それでもう跡絶えるんです、じゃ仏法なんか、はじめっからなんにもないではないかという、しかり、これがなんにもないを他のだれも知らないんです、自分という架空請求、妄想に右往左往して、そこから抜けられないでいる、いわんや仏あり悟りあり、凡あり聖ありのしんどさ、醜さ。
たった一箇これを免れる、これが重大さをよくよく鑑みて下さい、そうです、あなたの出番ですよ、たとい二、三十年だろうが、倒却門前刹竿著。

藤枯れ樹倒れ山崩れ去り、渓水瀑漲して石火流る。
ほどけば仏の糸が完全にふっきれて、本来の自由を取り戻す、三日耳を聾すという、だれあっていまだかつて夢にだも見ぬもの。阿難尊者は、如来の遺経結集、第一回仏典結集のそれに、未証果の故に招かれなかった。阿難速やかに羅漢果を現じて、鍵穴から室に入るとあります、そうして阿難の宣説、如来生前の説法と寸分も変わりがなかったといいます、如是我聞一時仏在と、お経はことごとく阿難尊者から伝わったんです、南無経経阿難尊者。
それがなをかつ二十年をへて、はじめて葛藤妄想も枯れ、そいつの本体も倒れ、本体のあった山が崩壊する、渓水瀑漲して石火流れるんです、よくよくこの事思い取って、いえ見てとって下さい、いったいどういうことか、お釈迦さまより、あるいは仏教辺に詳しい人がなぜに、さらになぜに二、三十年の余計ものをと。

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by tozanji | 2005-09-14 00:00 | 伝光録


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