第十章

第十章

第十祖脇尊者、伏駄密多尊者の左右に執侍すること三年、未だ嘗て睡眠せず。一日尊者、修多羅を誦し、及び無生を演び。師聞きて悟道す。


師本命は難生、生まれんとする時、父夢に、一の白象背に宝座あり、座上に一明珠を安ず、その光四衆を照らす、すでに覚めてついに生まる。伏駄密多尊者行化のついで、長者香蓋という者、一子を連れて礼拝し、この子所胎六十歳、よって難生と名づく。仙人の云うには、この子非凡なり、法器となるべしと、今尊者に遭う、まさに出家せしむべしと云う。尊剃髪授戒す。所胎六十年、生後八十年、計百四十年初めて発心す。人みな諫めて、汝すでに老耄す、いたずらに清流にあとして是れ何かせん、出家に二種あり、一に習禅二には誦経、汝が堪ゆべきにあらずと。師自ら誓いて日く、若し三蔵を学し三明を得ることなくんば云々、昼は参学誦経し、夜は安禅思惟してついに睡眠せず。初め出家せんとして、祥光座を照らす、舎利三七粒現前す、よって精進して疲れを忘れ、遂に三蔵、仏典の総称ですか、三明という自己を明きらめ、忘れ去り、ついに無自覚ですか、一日修多羅ス-トラです、お経そのものが全ったい手に入ること、これあるんですよ、良寛さんは、正法眼蔵の提唱を聞いて大悟したという、そういうことあるんです、一般の理解わかったというのと、まずはまるっきり違うと思って下さい、そうねえ二次元のものが三次元になるっていう、いえ夢にだも見ない現象です、因みに第十祖に列す。

転じ来り転じ去る幾経巻、此に死し彼に生じて章句区ちまちなり。

お経の文句を知る、三百代言の始まりです、なにはなんたってろくなことはない、三世の諸仏知らず、狸奴白狐かえってこれを知る、ではなんでお経がある、もと我らのありようこの通りと示す、この通りだから身心の辺に証明して下さいというんです、般若波羅密多彼岸に渡れと云われたら、彼岸に渡ればいいんです、すると他何百いっぺんに通達します。一句通ずることこれ、摩訶まは-と云えば大、それにて終わるんです、永平正法眼蔵をそのように読む-見るんです、我と我が身心の上に底抜けです、でなくって眼蔵家だのしゃば流禅家提唱だの、嘘八のいたずらにかき濁すばっかりです、そうねえ大悟してから、読んで下さい、およそ人間の残した財産の中でこれほどのものはなく、良寛さんのように涙流すんですか、書を頂点とする、絵画芸術詩歌彫刻、これらのうち至上最高って、あっはっは俗人みたいですか、いえね、ノ-ベル文学賞という、では飯田木党陰老師の、無門関碧巌祿提唱など、まったくあんなにすばらしいものないです、縦横無尽七通八達、他の文学詩歌など足もとにも及ばんです。区まちまちと読む、意旨如何。
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by tozanji | 2005-09-22 00:00 | 伝光録


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