第二十五章

第二十五章

第二十五祖、婆舎斯多尊者、二十四祖示して日く、如来の正法眼蔵、今汝に転付す、汝応に保護して普く来際を潤すべし。師、宿因を顯発して、密かに心印を伝ふ。


師姓は婆羅門、父は寂行はは常安楽、母神剣を得ると夢見て孕む、師子尊者遊方のついで、一の長者あり、その子を引きて尊者に問う、子斯多と名づく、生まれるに当たって左手を拳る、終に未だのぶることあたわず、願わくは尊者、その宿因を示せと。尊者即ち、手をもって接して日く、我れに珠を還すべし。童子俄に手を開きて珠を奉る。衆みな驚愕す。尊者日く、我れ前報に僧となれり、童子あり、婆舎という、我れかつて西海の斎に赴いて、珠を受けて之に付す。今我れに返す理まことに然り。長者終にこの子を出家せしむ、即ちために授具して、前縁をもって婆舎斯多と名づく。ついに嗣続して日く、如来の正法眼蔵、今汝に授く、よろしくおく保護すべしと。
人みなかくの如しと、われもまたかくの如しと、どこかに手を握りしめていませんか、尊者来たりて、珠を返しなさいという、すなわち手を開いて奉ずる。どうですか、如来の正法眼蔵このようにして、伝わり、ついに嗣続して、汝今これを得たり、よろしくよく保護すべし、銀椀に雪を盛り、明月に鷺を蔵す、類して等しからず、混ずる時んば所を知ると。先師が云っていたな、小僧修行の仲間が、まったく悟ったように宝鏡三昧を読むと、ほんとうにそういうことあります、赤ん坊が字を読み経を誦すことを知ったら、きっとかくあるべしと。しかれども毫釐も差あれば、天地はるかに隔たり、違順わずかに起これば粉然として心を失すと、これ人の一生しゃば世界です、すなわちわずかにこういうことあって、もとは元の木阿弥、如来の正法眼蔵そのものなんです、さあどうですか、その手に握った珠を返すことあって、無心に帰依して下さい、夢から覚めるんですよ、はっと気が付くんです、もとそうであったこと。

開華落葉直ちに顯はるる時、薬樹王終に別味無し。

だからこのせっかくの大事無味乾燥なんです、無心というもとあるを知らないんです、でもって摩尼宝珠如来蔵裏親しく収鑑すといっても、目に見える玉じゃないです、有心のものには取り付く島もないです、世界には幾多の宗教があり、大小無数ですか、同じ羽根の鳥を寄せ集めて、勢力をほこり戦争の道具ですか、これ人類という欠陥そのものです、人類以外そんな余計こと、阿呆するものいない、みんな平和に暮らしています、無心の故にです、あなたはだあれ、知らないと答える、花も雲も水も、そうです達磨さんもです、やれキリスト教天理教だのブ-ズ-教だの、そりゃ理論としても間違いですし、荒唐無稽なることは、虫けら一匹救えないんです、こんなものがまかり通ること、まずもって反省すべきです、薬樹王ついに別味なし、色じゃないよ、色を入れる器だおというほどに、そりゃ過ちは糾すこと、色をもって色を制すんじゃない、殺し文句の是非善悪じゃないんです、これを知る、まったく別味なし=人間以外みな生活。
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by tozanji | 2005-12-20 00:00 | 伝光録


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