第三十章

第三十章

第三十祖鑑智大師二十九祖に参ず、問いて日く、弟子の身風恙に纏わる、請うらくは和尚罪を懺せよ。祖日く、罪を将ち来れ、汝の為に懺ぜん。師良久して日く、罪を覓むるに不可得なり。祖日く、我れ汝が与めに罪を懺じ竟る、宜しく仏法僧に住すべし。


師は何れの人というを知らず、初め白衣を着て二祖に謁す。歳四十余なり、名字を云はず、礼して問いて日く、弟子が身風恙、癩病に纏わる、乃至宜しく仏法僧に依りて住すべし。師日く、今和尚を見て已に是れ僧なることを知る、未審し何をか仏法と名く。祖日く、是心是仏、是心是法、法仏無二なり。僧法もまた然り。師日く、今日始めて知りぬ。罪性は内に在らず、外に在らず、中間にも在らず、其心の如きも然り。仏法も無二なり。祖深く之を器とす、為に剃髪して日く、是れわが宝なり、宜しく僧さん(王に粲)と名くべし云々。三祖大師信心銘等今に残る、罪を求めるに不可得、我れ汝が為に懺じ得たりという、心身の救いこれ以外にないこと、今の世もまったく同じ、よくよく見てとって下さい、迷いから迷いへの諸宗付け焼き刃、殺し文句じゃないんです、無心という、心の無いことを知る、無いものは痛まない、傷つかないんです、無心とは是心是仏です、是心是法です、法仏無二、かくの如くです、僧法また同じく、まったくに他なしです。我れ今初めて知れりと、どうかこれ万人が万人、初めて知って下さい、罪性は内に在らず、外に在らず、中間にも在らず、心もしかなり、仏法無二なり。豁然大悟です、他なしに開ける。ようやく病癒ゆると。周の武帝仏法を廃する時にあたり、あらかじめこれを知って、法難を避ける、これ達磨般若多羅の記すに拠ると、のち大いに興る、鑑智はおくりなである。

性空内外無く罪福蹤を留めず、心仏本是くの如く法僧自ずから暁聡なり。

禍福はあざなえる縄の如しという、これ俗説ですよ、たといあざなえる縄の如くも跡なしです、それゆえたとい大悟十八辺小悟その数を知らずも、まったく跡なし、みずとりの行くも帰るも跡絶えてされども法は忘れざりけれ、では法とは何か、跡なしです。心というたとい顧みるものこれ、では見えない道理、よくよくこれを知って下さい、参じ尽くし参じ去ってのちに、自ずから明らか
です、取り付く島もないとき、ようやく使いえて妙です、信心銘、これを用いるによし、心銘またよしと云ったって、はてな一言半句思い出せないで弱った、わしはもうろくじっさ。

c0015568_23204554.jpg

[PR]
by tozanji | 2005-12-25 00:00 | 伝光録


<< 第三十一章 第二十九章 >>