第五十章

第五十章

第五十祖天童浄和尚雪竇に参ず。竇問ひて日く、浄子曾て染汚せざる処如何が浄得せん。師一歳余を経て忽然豁悟して日く、不染汚の処を打す。


師諱は如浄、十九歳より教学を捨て祖席に参ず。雪竇の会に投じて便ち一歳を経る。尋常坐禅すること抜群なり。有る時浄頭(便所掃除の役)を望む。時に竇問いて日く、曾て染汚せざる処如何が浄得せん。若し道い得ば汝を浄頭に充てん。師措くことなし。両三カ月をへるに猶未だ道い得ず。有る時師を請し方丈に到らしめて問いて日く、先日の因縁道得すや。師擬議す。時に竇示して日く、浄子曾て染汚せざる処如何が浄め得ん。答えずして一歳余を経る。竇又問いて日く、道い得たりや。師未だ道い得ず。時に竇日く、旧窩を脱して当に便宜を得べし。如何ぞ道い得ざる。然しより師聞いて得励志工夫す。一日忽然として豁悟し、方丈に上て即ち日く、某甲道得すと。竇日く、這回道得せよ。師不染汚の処を打すと云う。声未だ畢らざるに竇即ち打つ。師流汗して礼拝す。
竇即ち許可す。
十九歳の時発心してより後、叢林の掛錫して再び郷里に還らず、郷人と物語せず、都べて諸寮舎に到ることなし、上下肩隣位に相語らず。只管打坐するのみなり。臀肉穿てるも尚坐を止めず。発心より天童に住する六十五歳まで、未だ蒲団にさえられざる日夜あらず。誓いて僧堂に一如ならんという、芙蓉より伝わる衲衣ありと雖も、上堂入室ただ黒色の袈裟衣を著く。自称して日く、一、二百年祖師の道すたる、故に一、二百年このかた我が如くなる知識未だ出でずと。諸方悉く恐れおののく。尋常に日く、我れ十九歳より以来、発心行脚するに有道の人なし。諸方の席主、多くは只官客と相見し、僧堂裏都て不管なり。
常に日く、仏法は各自理会すべし。是の如く道うて衆をこしらうことなし。今大刹の主たる、なを是くの如く胸襟無事なりを以て道と思い、曾て参禅を要せず。何の仏法かあらん。若し彼がいうが如くあらば、何ぞ尋常訪道の老古錐あらんや。笑いぬべし、祖師の道夢にだも見ざるあり。趙提挙、州府に就いて上堂を請せしに、一句道得なかりし故に、一万丁の銀子、受けることなくして返しき。一句道得なき時、他の供養を受けざるのもに非ず、名利をも受けざるなり。故に国王大臣に親近せず、諸方の雲水の人事すら受けず。道徳実に人に群せず。故に道家の流れの長者に道昇というあり。徒衆五人誓いて師の会に参ず。我れ祖師の道を参得せずんば一生故郷に還らじ、師志を随喜し、改めずして入室を許す。列には僧の次に著かしむ。又善如と云いしは、我れ一生師の会にありて、卒に南に向かいて一歩を運ばじと。志を運び師の会を離れざる多し。普園頭といいしは曾て文字を知らず、六十余に初めて発心す。然かれども師、低細にこしらえて依て卒に祖道を明きらめ、園頭たりと雖も、おりおり奇言妙句を吐く。上堂に日く、諸方の長老普園頭に及ばずと。実に有道の会には、有道の人多く道心の人多し。尋常ただ人をして打坐を勧む。常に云う、焼香礼拝念仏看経を用いず、祇管に打坐せよと示して、只打坐せしむるのみなり。常に日く、参禅は道心ある是れ初めなり。実に設い一知半解ありとも、道心なからん類所解を保持せず。卒に邪見に堕在し磊苴放逸ならん。付仏法の外道たるべし。故に諸仁者、第一道心の事を忘れず、一々に心を至らしめ、実を専らにして当世に群せず、進んで古風を学すべし。
はいまったくその通りです。如今またかくの如し、一箇半箇の道に勤しんで下さい、他に道うことないです。

道風遠く扇ひで金剛おりも堅し、匝地之が為に所持し来る。

道風金剛たとい遠くて遠しといえども、世にこれが他ないんです、一人きりで死のうが、なんにもならずとも、なにおのれけし粒の如くというより、内に向かってとやこうはないんです、たとい世のため人の為でもいい、外に向かって開きぱなし、ついに呑却せられるんです、するとこれを継ぐまた一箇半箇。

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by tozanji | 2006-01-14 00:00 | 伝光録


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