第六則 馬祖白黒

c0015568_1623089.jpg

 衆に示して云く、口を開き得ざる時、無舌の人語ることを解す。脚を擡げ起さざる処、無足の人行くことを解す。若し也た他の殻中に落ちて、句下に死在せば、豈に自由の分有らんや。四山相逼る時、如何が透達せん。

挙す、僧馬大師に問う、四句を離れ百非を絶して、請ふ師某甲に西来意を直指せよ。
大師云く、我今日労倦す、汝が為に説くこと能はず、智蔵に問取し去れ。僧蔵に問ふ。蔵云く、何ぞ和尚に問はざる。僧云く、和尚来たって問はしむ。蔵云く、我今日頭痛す、汝が為に説くこと能はず、海兄に問取し去れ。僧海に問ふ。海云く我這裏に到りて却って不会。僧大師に挙示す。大師云く、蔵頭白、海兄黒。

 どうして口を開かない、どうして足をもたげないって、これもっとも親切、手を添え足を添えして損なう現実、四山あい迫るとき、ようやく一句を用いることを得、これたいてい人間世の常ですか、四山生老病死苦というが、別段なんであってもいい、切羽詰まると開けるんです。参禅に来る人、坐禅というものをなんとか手に入れたいというほどの人、やたら手間暇かかるです、事業上も心身症でも、藁にもすがる思いの必死が、半日もすればぽっかり開ける。それっきりになったりは残念ですが、無足の人無舌の人これなんぞ、いいですか手段あっては手段倒れ。殻はルじゃなく弓で、弓を引く備えだそうで、敵の計略にかかって自由を失う意、句下に死在す、せっかく時熟してもう一押しが、そうかって納得しちゃったらまったくの無駄、如何が透達せん、です。

 僧馬大師に問う、馬大師馬祖同一南嶽懐譲の嗣、容貌奇異にして牛行虎視舌を引きて鼻をすぐとある、どういうこったか中国人には大人気の人、そりゃ仏祖師として申し分なし。海兄は百丈懐海、西堂智蔵の法兄であるから海兄と呼んだ。四句百非は外道論争の形式、一、異、有、無を四句、四句おのおのに四句あり、更に三世に約し、已起未起の二に約し九十六に、もとの四句を加えて百句だとさ、すなわち云うことはすべて尽くしたんです、その上で祖師西来意、達磨さんはなぜやって来たかと問う。
馬大師今日はくたびれた、答えられんで智蔵に問えという、智蔵に聞いたら、和尚に問えばいいじゃないか、いえ和尚はこっちへ来いって云った、そうかあ、わしちょっと頭痛がするで、海兄に問えという。海兄に問えば、おれはそんなたいへんなこたわからんと云った。仕方ない馬大師に挙似、もってくと和尚、智蔵の頭は白、海兄の頭は黒だってさ。
 なんだ同じこと解説しちまった、これ三人親切、これしか方法がないって思って下さい、ぶんなぐり喝するも手段、払子をふるおうがとっつきはっつきする、どうしようもないとはアッハッハあなたそのもの。もとっこ達磨さんです、達磨さんは達磨さんを知らんのですよ、黒と白とどっちがどうって、老師に初相見のころ、そう云われて、はてなあこのじっさもうろくしたんかと思った、茶碗と急須どっちが大きい、そりゃ急須に決まってる、はてな。

頌に云く、薬の病と作る、前聖に鑑がむ。病の医と作る、必ずや其れ誰そ。白頭黒頭、克家の子、有句無句、裁流の機、堂々として坐断す舌頭の路、応さに笑ふべし毘耶の老古錐。

 これより人天薬病となって、薬が病のもととなるのは、前聖にかんがみるから、というのは参禅者みな思い当たるところです、相応の悟があって鑑覚の病に苦しむ、病がかえって医となるとき、これ何人ぞです、苦しみ徒労する自分がそっくり失せて行くんです、まあ死ぬるは一瞬ですが、一瞬の死がなおもとっつく、アッハッハなかなかなもんです、まさに自分の取り分ないんですよ、わかってもわかってもですか、まあまあおやんなさい。克家の子とは、家をよく興す程の孝子と、百丈智蔵を示す、裁は衣ではなく隹です、祖師西来意の、いえ答えを知るとは如何、よくよく真正面して下さい、まさに笑うべしは、そりゃこの一段笑っちまうんですが、毘耶は維摩居士のこと、毘耶離城に住む、老古錐は、使いふるして錐の先が丸くなっている、文学でいえば徒然草ですか、一番よく切れるんですがね、まずは馬大師のこってす。


画像の出典  2004年・津軽/方丈の旅の記録より
[PR]
by tozanji | 2005-02-11 16:25 | 従容録 宏智の頌古


<< 第七則 薬山陞坐 第五則 青原米価 >>