第八則 百丈野狐

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 衆に示して云く、箇の元字脚を記して心に在けば、地獄に入ること箭の射るが如し。一点の野狐涎、嚥下すれば三十年吐不出。是れ西天の令厳なるにあらず、只だガイ郎の業重きが為なり。曾て忤犯の者有りや。

挙す、百丈上堂常に一老人有って法を聴き、衆に随って散じ去る。一日去らず。丈乃ち問う、立つ者は何人ぞ。老人云く、某甲過去迦葉仏の時に於て、曾て此の山に住す。学人有っりて問ふ、大修行底の人還って因果に落つるや也た無しや。佗に対して道く不落因果と。野狐身に堕すること五百生、今請う和尚一転語を代れ。丈云く不昧因果。老人言下に於て大悟す。

 元の字の脚は乙であるという、乙は一に通ずるゆえに一点心、むねに置きという、ややこしいやつ。一点、座右の銘などいって世間の人珍重のところですか、地獄に入ること矢の如しに気がつかない、すなわち傍迷惑、あるいは自分を損こねて、ただもう馬鹿ったいだけです。これ、だからの人ですか、虎の威を仮る狐ですか、はいあなたも例外なく。
 一つでなく三つ四つの曖昧のほうが罪なく、だがしかし一つの方が悟りに到る道。
一転の野狐涎嚥下すれば三十年吐不出は、だれあって省みるにいいです、なくて七癖と同じように、人には丸見え、自分にだけ見えないなにかしら、たとい欠陥も三十年五百生やるんですよ。
 ガイは豈に犬、がい郎馬鹿もの。痴人すなわち自業自得。さあ思い当たって下さいよ。
 いえさ、仏祖の教えをなぞらえて、少しはましにらしくなったといっている、たいしたことないです、そいつを一枚も二枚もぶち破って、しかもなを、どうしようもないという人は、はてどうしてかと省みるんです。そうかおれはと、思い当たる分をもって、一片でも二片でも免れるんです。坐ってりゃなんとかなるなんて思ってりゃ、そりゃ待百年河清ですよ。しかもなをかつ坐に聞くよりないんです。

 不落因果不昧因果古来この則は失敗作だの云々、不落も不昧もだからどうだと云うんですが、ここはこの通りに確かめて下さい。大修行底の人因果に落ちずは、そりゃ五百生野狐身に落ちるんです。俗に野狐禅と云われる。我田引水です。どうしても修行悟りを勘定に入れる、一人で坐っている人でこれを免れる人皆無といっていいです、必ずどっかでてめえの取り分する、頭なでなでです。するとやることがおおざっぱになる、世間事ないがしろにするんです、オームのようにサリン撒き散らすんです、しかもそれに気がつかない、よくないです。これをぜに儲けの道、アッハッハ不落因果ですか。そうじゃないんです、金持ちになる道じゃないです、首くくる縄もなし年の暮れの道です。いよいよものごとずばりそのまんまです。因果を昧まさず、因果に昧まされず、あるがあるようにしかない、いいですか大修行底これ、百丈にあらずんばこれを知らずです。生半可じゃ耐えられんのです、たいていどっか自分に甘いんです。
 なに身も蓋もない、自分ちらともありゃそれをなでなで、こりゃどうしようもないです、実に不昧因果というほどにはっきりしている、さあこれに参じて下さい。

頌に云く、一尺の水一丈の波、五百生前奈何ともせず、不落不昧商量せり。依然として撞入す葛藤窟。阿呵呵。会すや。若し是れ汝、灑灑落落たらば、妨げず我がたた和和。神歌社舞自ら曲を成す。手をその間に拍して哩羅を唱ふ。

 因果歴然ということはこれ寸分も違わないんです、だからといって因果必然を云い因果のありようを我がもの顔にする、そりゃできぬ相談です、因果という、だからという俗流はうさんくさいです、まずもってこれを離れて下さい。因果に任せようとも否と云うとも因果の中。これを一尺の水一丈の波とぶち破ったのです。
 五百生前いかんが知る、だからどうだと商量すること、不落不昧なをかつかくの如し、阿呵呵というわけです、葛藤か、かは屈の代わりに巣、阿呵呵はかか大笑ですか、アッハッハどっか浮かれている、あんまり感心せんですかな。どのみち葛藤そのもの、会すやという、会せずという、不落不昧も虫が木をかじっているしゃしゃらくらく、さまたげず我がたたわわと断ってる辺りがかわいいですか。
 たは多に口、舌頭定まらず、たたわわという、赤ん坊みたいに云うこと、哩らのらは羅に口、歌にそえる口拍子を云う、神歌社舞という、村人よったくって卑猥からなつかしいのからやったわけです。歌ったり踊ったり、そりゃ楽しいですな、でもってそればっかりってわけには行かない。
 でも今の人歌も歌えない、ただもうだらしない、あいまいすけべ面して泣くも笑うもない。情けないです、因果必然からやりなおさんといかん。仏教以前ですが、まず坐ることから始めりゃいいです、世間=自分を離れることから。


画像の出典  2004年・津軽/方丈の旅の記録より
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by tozanji | 2005-02-13 19:20 | 従容録 宏智の頌古


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