第十則 台山婆子

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 衆に示して云く、収有り放有り、干木身に随ふ。能殺能活権衡手に在り。塵労魔外尽く指呼に付す。大地山河皆戯具と成る。且らく道へ是れ甚麼の境界ぞ。

挙す、台山路上一婆子有り。凡そ僧有り台山の路什麼の処に向かって去ると問えば、婆云く驀直去。僧わずかに行く。婆云く、好箇の阿師又恁麼にし去れり。僧趙州に挙示す。州云く、待て与めに勘過せん。州亦た前の如く問う。来日に至って上堂云く、我汝が為に婆子を勘破し了れり。

 収あり放ありと云えば、二あり四ありインド式弁証法やるよりも、人心のありようはもとそんなふうです、即ち観察したって始まらんです。でもってまったく手放すと、干木身にしたがう、干木とは人形使いが人形をあやつる糸をくっつけた竿です、もと活殺自在、権衡むかしあった分銅計りの目盛り棹です、自ずからに配慮あるんです、アッハッハ塵労魔外指呼の間としつこいね。もう一つくっついて、大地山河皆おもちゃになってしまう、でもここに到ってなみの人間にはできないことがわかるでしょう、台山婆子ただのばあさんに引っかかるのは、並みの人間じゃないんです。
 台山は五台山という文殊菩薩出現の霊山だそうです。台山へ行くにはどう行ったらいいと聞く、まっすぐ行け、わずかに行くと、おうおういい坊さんじゃな、まっすぐ行くぜえてなもんです。俗人もぎりぎり修行底も、このばあさんにぶった切られる、さあどう切られる、真っ二つですか、切られたのもわからんですか。
 切られる身心なければ、切られようがないっていっているうちはそりゃだめですよ、僧趙州に挙示す、あの婆子はたしてどうだ、眼があるのか、どうだというわけです。すっきりただのばばあかそうでないか、こりゃ大問題です。問題にもならんじゃそりゃなんもならんです、他山の石です。よしわしが勘破して来てやろう、趙州行って、五台山の路を尋ねると、同じく好箇の僧をやられちまう、でもって来日上堂汝が為にかんぱし了れりです。
 さあどうですか、ちったあなんか云ってくれると思ったのに、ですか。アッハッハこれ物の見事に正解なんですよ。

頌に云く、年老いて精と成る、謬って伝へず。趙州古仏南泉に嗣ぐ。枯亀命を喪ふことは図象に因る。良駟追風も纏索に累はさる。勘破了老婆禅、人前に説向すれば銭に直たらず。

 年老いて精となるはなんか俗流ですが、趙州の形容となるとどっかぴったり、実に謬たずは大趙州の為にありと。精とは人間の形骸まったく落ちてしかも仏ありですか、行くも帰るも跡絶えてされども法は忘れざりけれ、云うは易く行なうは難しです。
 大道通長安、馬を渡し驢を渡す、あやまって伝えず、うっふう他に言い種なし。十八歳出家してしばらく悟があった、しかも南泉に聞く、どうにもこうにも行かないんです、どうしたらよいか、泉答えて云く、知にもあらず無知にもあらず、太虚の洞然としてこのとおりかくの如しと示す。由来六十歳再行脚、我より勝れる者には、たとい三歳の童子と雖もこれに師事し、我より劣れる者には、たとい百歳の老翁と雖もこれに示すといって、百二十歳まで生きた。
 枯亀は吉凶を占う図象が現れていたので殺されたという、荘子外物篇の故事、そうなんですよ、ちらともある分でしてやられる、相見という面白いんです、なんにもなけりゃ相手になっちまう、そうでなけりゃ自分倒れなんです。ばあさにもしてやられる。良駟追風もそりゃ、馬走れてなもんで鞭の影がある、この従容録の解説も、とかく悟り仏の上には上なんてやってるから、変なこと云っている、平等差別などいう貧相ほかです。
 そうではないんですよ、勘破了老婆は、無印象なんです、しかもあれはああいうやつとそっくりしている、映画を見る、画面が自分になっちゃう、なんにもないんですけれど、人の批評とやこうを喝するんです、そりゃおまえだよというが如くに。銭になるほどは信用できんです、ただですよ、早く出世間して下さい、でないと話も出来んです。


画像の出典  2004年・津軽/方丈の旅の記録より
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by tozanji | 2005-02-15 00:24 | 従容録 宏智の頌古


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