2005年 02月 25日 ( 1 )

第二十則 地蔵親切

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 衆に示して云く、入理の深談は三を嘲り四をさく。長安の大道七縦八横、忽然として口を開いて説破し、歩を挙げて蹈著せば、便ち高く鉢嚢を掛け柱杖を拗折すべし。
且らく道へ誰か是れ其の人。

挙す、地蔵法眼に問ふ、上座何くにか往くや。眼云く、いりとして行脚す。蔵云く、行脚の事作麼生。眼云く、知らず。蔵云く、知らず最も親切。眼豁然として大悟す。

 入理の深談とはただ、こりゃ本来事を知らん人が云うんですか、三を嘲りという、人みな放あり奪あり集あり、三種の神器鏡に玉に剣とかやってるでしょう、世の中こうすべき、こうあるべき一ありゃ三あるのを、そりゃ嘲るんです、間違いなんです、さく、らという手へんに羅ですが、これラと拍子をとる音韻です、別の意あるんですか、ようも知らんけどアッハッハのし付けるってふうです。金沢の人、新聞記者であったか、あるとき忘我ということがあった、すると世間常識が、あほらしいというか、なんであんなことをと思うほどになったという、そりゃそういうことあるんです。長安の大道七縦八横です。如何なるか是れ道、道は籬の外なあり、わが問うは大道なり、大道長安に通ず。弟子であった祐慈和尚、悟を得てのち托鉢に行く、千葉へ出て東海道を下って、四国へはいり、年賀葉書のお古をもっていて逐一知らせて来るのが、まことにおもしろかった、糸の切れた凧でどこへふっ飛んで行くかわからない、首座をしてくれというお寺があって、連絡しようもなしと思っていたら、元旦に電話があって、開門岳から新年のご挨拶だって、えー帰るんですか、沖縄まで行こうと思っていたのにだってさ。こういうのを用いる宗門ではないから、苦労している、なに六十まで口をつぐんでおれ。
 地蔵は玄沙師備の法嗣、地蔵院に住す、法眼文益はその門下。これはいいですねえ、上座、一定の期限をへた雲衲をいうんですが、おまえどこへ行く、イリはしんにゅうに施のつくりと麗と、ぶらぶらとです、ぶらぶら行脚してます、行脚の事そもさん、知らず、知らぬもっとも親切、法眼忽然として大悟。
 知らぬもっとも親切、さあこれに参じて下さい。
 今の人心身症だのいう、物拾うとか、カメラぶらさげ、デイトに集団に、そうぞうしくって、一人散歩することもできない、女のお一人さまなんてわっはっは物笑いだ、さあどうします、知らぬもっとも親切。

頌に云く、而今参じ飽いて当時に似たり。簾繊を脱塵して不知に到る。短に任せ長に任せて剪綴することを休めよ。高きに随ひ下きに随って自ずから平治す。家門の豊倹時に臨んで用ゆ。田地優遊歩みに信せて移る。三十年前行脚の事、分明に辜負す一双の眉。

 参じ来たり参じ去りという、たんびに元の木阿弥です、なんにも得られない、参禅以前のなんにもなしです、いくたびこんなふうです、いったいおれは何をやってたんだ、無駄ことばっかり、そうかもとっこなんにもないんだ、老師はあるあると云った、だからあると思い込んだ、ないのが当たり前。
 ないところへ自分を捨てるんですよ。簾繊という、坐禅悟り仏という標準に照らし合わせて、微に入り細を穿ちする、どこまで行ってもきりがないです。捨身施虎は、即ちそうやっている自分を捨てる。
 単純な理屈ができない、法眼ようやったというわけです。参じ尽くして参じ飽きるんです、これが他になんの方法もないです、寒暖自知という、時に臨んで用う、田地優遊です、百花開くんです。まったく与え任せてしまう、糸の切れた凧です、三十年前の行脚もしかり、目の辺に眉がある、そいつに気がつかず他に向かって求めていたという感慨があります、もとっこおぎゃあと生まれてそのまんまなんですよ。
 毫釐も差あれば天地はるかに隔たる。仏向上事なに遅すぎたっていうことないですから、ましてや早すぎたなんてことない。


画像の出典  2004年・津軽/方丈の旅の記録より
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by tozanji | 2005-02-25 13:04 | 従容録 宏智の頌古