2005年 03月 19日 ( 1 )



禅機横溢、機峰鋭くなどいいます、特別にあるものではないです、もと本来のありよう、目から鱗が落ちるというでしょう、自縄自縛のとっかかりひっかかりが外れる、目から鼻へ抜けるより、目鼻なし、一を聞いて十を知るより、もとはじめからです、花鳥風月みなそうです、となりのトトロのように雨粒でぶるぶる。

 機という人間機械というとどうもあの。
 人間機械という微妙なものですか、だからって思想感情を容れる器です、仏教はこの器の問題といっていいんです、たとい極悪非道も一瞬のちには仏、そうですねえ、情状酌量のない刑法が正解ってね。


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画像の出典   東山寺の四天王像 由来
 四天王は仏界(ぶっかい/仏教世界)の中心にそびえ立つ須弥山(しゅみせん)の中腹にあって、仏法とそれに帰依した人びとを仏敵から守る守護神とされています。
 寺の須弥壇(しゅみだん)は須弥山をかたどったもので、須弥壇の四隅に配置される四天王は。次の役割を担っています。
持国天(じこくてん)は仏界の東方を守護し、国家の安泰をはかり、増長天(ぞうちょうてん)は南方を守護し、五穀豊穣を受け持っています。広目天(こうもくてん)は西方を守護し、弁舌さわやかに衆生を説得して仏門に帰依させ、多聞天(たもんてん)は北方を守護して、仏の説法の場を仏敵から守り、説法をすべて知恵にさせる役割を果たしています。
 
 平成三年から修復工事が始まり平成五年に完成し極彩色豊かな四天王として往時を偲ぶことができます。
 像はいずれもヒノキの寄木造り、内刳(うちぐり)の立像(りゅうぞう)で彩色がほどこされ、玉眼(ぎょくがん)が嵌入(かんにゅう)されています。 像の制作年代について 『栄村誌』 では、南北朝 (1336-92) ころと推定しています。

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by tozanji | 2005-03-19 00:00 | ぜんごぜんご