2005年 05月 22日 ( 1 )

第五十五則 雪峰飯頭


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 衆に示して云く、氷は水よりも寒く、青は藍より出ず。見、師に過ぎて方に伝授するに堪えたり。子を養うて父に及ばざれば家門一世に衰ふ。且らく道へ父の機を奪ふ者は是れ甚麼人ぞ。

挙す、雪峰徳山に在りて飯頭となる。一日飯遅し、徳山鉢を托げて法堂に至る。
峰云く、這の老漢鐘未だ鳴らず、鼓未だ響かざるに、鉢を托げて甚麼の処に向かって去るや。山便ち方丈に帰る。峰巌頭に挙似す。頭云く、大小の徳山末後の句を会せず。山聞きて侍者をして巌頭を喚ばしめて問ふ、汝老僧を肯はざるか。巌遂に其の意を啓す。山乃ち休し去る。明日に至って陛堂、果たして尋常と同じからず。巌掌を撫して笑って云く、且喜すらくは老漢末後の句を会せり、他後天下の人、伊を奈何ともせず。

 飯頭はんじゅという典座の下にあって大衆の喫飯にあたる、徳山宣鑑禅師は青原下四世龍潭祟信の嗣、三心不可得いずれの心をもってその団子食うかと婆子に云われ、ぐっとつまって龍潭和尚を訪ねる、もと大学者であった、手燭の火を吹き消されて忽然大悟、担って来た金剛経を焼く。これも有名なら雪峰飯頭も人のよく知るところ、徳山は結果が出たが、こっちは一場の漏羅ともいうべき。どうも知られているわりにはすっきりしない。末後の一句という巌頭の得意技であって、転ずるまた幾多ということらしいが、せっかく師匠の頭かっぱじいてまで、どうやらなんにもならなかった。どうしてもあるあると思っている、わしがちらとも気がついたとき、老師に食ってかかった。あるあるっていうから参じて来たのに、なんにもありゃしないじゃないかと、老師苦笑して、そりゃ仕方なかろうがという、こんな簡単明瞭をなんでといえば、そうさなちった仏教を説かねばと云った。由来わしのほうも四苦八苦して、ないものがいつまでもあったりしたです、でも渠は後の大雄峰です、雪峰がありと参ずる、得たりと参ずるんです。どうだという、鐘も鳴らん、鼓も打たんのにのこのこ出て来おってと、親分だろうが向こう敵なしの力量です。徳山何いうかと思ったらくるっと引き返す。この大力量、なんにもないっていう、ただそれだけのこってすが、なんにもないとは宇宙そのものです。宇宙っていうの語弊があるですが、もしや山の如くですか。蚊の食うほどもかすらんやつを、というより徳山の無心、雪峰の有心でしょう、そいつがのれんに腕押し。自分に返るー返らなかった、兄弟子の巌頭に挙す。巌頭伝家の宝刀末期の一句をもってす、徳山、肯わざるといえばぶん殴っても看板は維持せにゃならんところです。大力量またもはいといって休し去る、就中明日上堂、果たして尋常とはまったく違ったというんです。アッハッハ巌頭ならずとも大笑い、どうですか末期の一句三千里外に吹っ飛ばして下さい、そこらにひっかかって飯頭やってんじゃないんです。

頌に云く、末後の一句会すや也た無しや。徳山父子太はだ含胡す。座中亦江南の客あり、人前に向かって鷓鴣を唱ふること莫れ。

 含胡中国のスラングではっきり物云わぬこと、胡という漢に対する外国人ほどの意で、ここはどうもやっぱり含胡で、末後の一句などたわけたことを云って、なあなあずくで仕出かそうという感じです。末期の一句、ついに自分城を明け渡すんですか、これ坐っても坐ってもの処あって、道元禅師大法を得られる。なんで外国人如きがと侍者の云うのへ、如浄禅師が、あいつもずいぶん叩かれたでなと答える。どこまで行っても自分という、おれはというそやつが抜けないんです、末期とは死ぬる時、おまえ死んだらどうなると聞く、いえそのとかはか行かぬ答え、おまえ死んで三日もすりゃ完全に忘れられるよ、なに人の記憶にあろうがないと同じ、でもってものみ
な世間同じく、はいこれを大悟徹底というんだというと、きょとんとしている。そうなんですよ、禅といい参禅坐禅という、なにかあるものを求める、内面といい真髄というんでしょう、そうじゃない、虚空という別にあるもんじゃないです。外に向かって明け渡してゆく、ついに外なしです、みなさん方法が間違ってますよ、アッハッハ風景しかないんです、捨てる=死ぬとはこれ。
 詩経国風にあり、また祖録にも出て来ます、江南三月、鷓鴣鳴くところ百花開くという、あるいは江国の春風吹き立たず、鷓鴣鳴いて深花裏にありと、二千年来心の故郷ですか、江南はいいところなんでしょう、江南の客悟った人、悟ったといって歌い浮かれるのは、真であればそれっきり、ふりしたって騒々しい淋しいんですよ。


画像の出典  オーストラリアの野生植物/方丈の旅行記より
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by tozanji | 2005-05-22 00:00 | 従容録 宏智の頌古