2005年 05月 29日 ( 1 )

第五十九則 青林死蛇

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 衆に示して云く、去れば即ち留住し、住すれば即ち遺去す。不去不住渠に国土無し、何れの処にか渠に逢はむ。且らく道へ是れ甚麼か恁麼に奇特なることを得るや。

挙す、僧青林に問ふ、学人径に往く時如何。林云く、死蛇大路に当る、子に勧む当頭すること莫れ。僧云く、当頭する時如何。林云く、子が命根を喪す。僧云く、当頭せざる時如何。林云く、亦回避するに処無し。僧云く、正に恁麼の時如何。林云く、却って失せり。僧云く、未審し甚麼れの処に向かって去るや。林云く、草深うして覓むるに処無し。僧云く、和尚も也た須べからく堤防して始めて得べし。林掌をうちて云く、一等に是れ箇の毒気。

 青林師虔禅師は洞山良价の嗣、学人径に行くとき如何、道を歩いて行くんですよ、如何なるか是れ道、道はまがきの外にあり、わが問うは大道なり、大道通長安です、ただの道ですよ、さあどうなんですかというに、死んだ蛇が大路にあたる、死んじまったやつが大道もくそもねえがというのは、半分脇見運転ですか、子にすすむ当頭することなかれ、だからどうだって云わない、まあ頭もげというも別ことですか。この僧へっこまない、師の尊答を拝謝し奉るってふうにゆかぬ、そんで当頭せざるとき如何、回避するに処なし、頭どこへもってたって処なし、頭なしでいいです、坐っていて当面いや頭あるような気がしている、どこへどうしようがない、恁麼の時如何です。是なんです、坐が坐になって行く様子、でどうなんですという、林云く、却って失せり、跡づけること不可能を知って、いぶかし甚麼れの処に向かって去るや、草ぼうぼう煙べきべき、求むるに処なしと云って、突っ込まれた、和尚もまたすべからく堤防して始めて得べし、こいつはただものでないんです、よくなんたるかを知っている、仏という無辺大に甘えるんじゃない和尚は和尚をやれ、アッハッハこれ以外にないんです、さすが林和尚、屁とも思わずは、でかした一等の毒気と。

頌に云く、三老暗に柁を転じ、孤舟夜頭を廻らす。蘆花両岸の雪、煙水一江の秋。風力帆を扶けて行いて棹ささず。笛声月を喚んで滄州に下る。

 三老謝三老ですか、舟の柁取りですってさ、柁とってるひまあったら急転直下すりゃいいって、たしかに暗夜に枕頭をさぐるといった塩梅に、命根を喪し、回避するに処なしなんですが、アッハッハ蘆花両岸の雪、蘆花って真っ白い花らしいんですが、語の響きとあいまって絶景ですか、煙水一江の秋と、まさにもって風景を楽しむが如くあるのは、この僧手応え風力の所転ですか、滞るなきをもって、林云く、草深うして覓むるに処なし、僧云く、和尚もまたすべからく堤防して始めて得べし、絶妙絶景を以て、滄州中国を去ること数万里という理想郷ですか、棹ささずして、一等是れこの毒気ウッフ笛声まさに月を喚んで下るんですか、はいご退屈さま。

画像の出典  オーストラリアの野生植物/方丈の旅行記より
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by tozanji | 2005-05-29 00:00 | 従容録 宏智の頌古