2005年 07月 15日 ( 1 )

第七十七則 仰山随分

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 衆に示して云く、人の空に描くが如き、筆を下せば即ちあやまる。那んぞ模を起こして様を作すに堪へん、甚麼を為すに堪へんやO万松已に是れ詮索を露はす、条あれば条を攀じ、条無ければ例を攀ず。

挙す、僧仰山に問ふ、和尚還って字を識るや否や。山云く、分に随ふ。僧乃ち右旋一匝して云く、是れ甚麼の字ぞ。山、地上に於て箇の十字を書す。僧左旋一匝して云く、是れ甚麼の字ぞ。山十の字を改めて卍の字となす。僧一円相を描いて両手を以て托げて修羅の日月を掌にする勢いの如くにして云く、是れ甚麼の字ぞ。山乃ち円相を描いて卍字を囲却す。僧乃ち楼至の勢いをなす。山云く、如是如是、汝善く護持せよ。

 仰山キョウサン慧寂禅師はイ山霊祐の嗣、僧あり問う、和尚字を知っているかというんです、馬鹿にするな字ぐらい知ってらあといって、ふっと考えると知らない、むしろ知らん字のほうが多いじゃないか、山云く、分に随うですか、アッハッハ禅問答そんなレベルじゃないという、じゃどんなレベルですか、僧すなわち右にぐるっと回って、これなんの字ぞという、うっふっふ字を描くってどういうことですか、このへんで思い当たって下さい。哲は口を折るなどむだこといってないんです、山地面に十の字を描く。これおもしろいでしょう、虚空というなんにもなしを、画策する発明するっていうんですか、まどろっこしいですねえ言葉は、僧左へぐるっと回って、これなんの字ぞ、こうありゃこうって、強いて云えばそういうこってす。山十の字を卍にする、説法も煮詰まったんですか、いようって大向こうから声がかかりますか、僧一円相を描いて修羅八荒の大見栄です、これなんの字ぞ。卍を囲んでOを描いて、山如是如是、この事をよく保護せよという、いいですなあすらっとどこも凹凸なし、さあよく保護して下さい、人生まさに始まったんですよ、人もなく生死もなくっていうあっけらかんが。条令あれば条令による、なければ判例におるの、しゃば世界浪花節じゃないんです。

頌に云く、道環の虚盈ること靡し、空印の字未だ形れず。妙に天輪地軸を運らし、密に武緯文経を羅らぬ。放開捏聚、独立周行。玄枢を発して青天に電を激す。眼に紫光を含んで白日に星を見る。

 道環という過去七仏からお釈迦さままた我に至る八十六代ぐるっと回って過去七仏へと、これもし同時的同じ空間内に見るとき、まさに仰山と門下のやりとりに似て、虚みつることなしと、あっけらかん世間云うには絶対空間ですか、廓然無聖不識という、空印の字未だあらわれずです、妙に天輪文武経緯はまあ大げさって、いえ箇の微妙玄用はふうっと消えてしまうんですよ、なにかある世界あるというそれがない、大活現成のアッハッハ原点ですか、坐ってはそうなりそうならずして、なにさあ如来とて、あるいはわしのようないびつ、なんの取りえなしにもこうある、この世のこと終わったら、また別の世に現ずるんです、弟子どもと掃除しおわって、自然林とあまり変わりもないお寺が清々する、如来ここにおわせりという記述です、わしというこう手を出すことは出したですか、それも一瞬には違いぬが、訪れた人には一瞬の無上上です。
放開捏聚独立周行、そうですよここに全世界三世現ずるんです、生きています呼吸しているんです、だからすばらしいんです、青天に電を激し白日に星を見るんです、さあ参じて下さい、仏教ですよ、一箇半箇あとを継いで下さい、これあるによって人類があるんですよ。

画像の出典  アスター、マリーゴールド、ノースボールの寄せ植え/静岡県
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by tozanji | 2005-07-15 00:00 | 従容録 宏智の頌古