2006年 01月 09日 ( 1 )

第四十五章

第四十五章

第四十五祖芙蓉山道楷禅師投子和尚に参ず、乃ち問ふ、仏祖の言句は家常の茶飯の如し、之を離れて外に為人の処有りや、也た無しや。青日く、汝道へ、寰中の天子の勅、還りて堯舜兎湯を仮るや、也た無しや。師進語せんと欲す。青払子を以て師の口をうって日く、汝意を起こし来たる、早く三十棒の分有り。
師即ち開悟す。


師幼より閑静を喜んで伊陽山に隠る。後に京師に遊んで台術寺に籍名す。法華を試みて得度す。投子に海会寺に謁して、すなわち問う、仏祖の言句は、乃至師開悟し再拝して便ち行く。子日く、且来闍黎。師顧みず。子日く、汝不疑の地に至る也。師即ち手を以て耳を掩う。後に典座となる。子日く、厨務勾当易からず、師日く、不敢。子日く、粥を煮るか飯を蒸すか。人工は淘米著火、行者は煮粥蒸飯。子日く、汝甚麼をか作す。師日く、和尚慈悲他を放閑し去らしめよ。一日投子に侍して菜園に遊ぶ。子柱杖を度して師に与う。師接得して便ち随行す。子日く、理まさに恁麼なるべし。師日く、和尚の為に鞋を提げ杖をかかぐ、也た分外と為さず。子日く、同行の在る有り。師日く、那一人は教えを受けず。子休し去る。晩び至って師に問い、早来の説話未だ尽くさず。師日く、請う和尚挙せよ。子日く、卯には日を生じ戌には月を生ず。師即ち点灯し来たる。子日く、汝上来下去総に徒然ならず。師日く、和尚の左右に在れば理まさに此の如くなるべし。子日く、奴児婢子誰が家の屋裏にか無からん。師日く、和尚年尊他を欠かば不可なり。子日く、恁麼に慇懃なることを得たり。師日く、恩を報ずるに分ありと。
これ芙蓉道楷和尚投子義青の老婆親切が通じたんであろうか、因みに猿芝居嘘ばっかりの宗門が、立職三旬安居の申請に、表をかかげて芙蓉楷祖の如くせよといって来る、なに一夜漬けの他だれもしやせん、ばかったい話だが、芙蓉楷祖天井粥という、米は同じ量で人数の増えただけ水を足す、粥に天井が映ったから云う。たしかに仏祖の言句は家常の茶飯の如しという、これを離れてほかに為人の処有りや、かくのごとく信じ行じ来たって、投子の面前に投げ出すんです、煮ようが焼こうがってわけです、はたしてそうか、寰中は天子の勅、四皇五帝に習う、持ち出すことはないぞという、他の標準あってはかたくななだけです、むろんそりゃ当然のこったという、云い分です、そいつの口を掩い、三十棒です、師すなわち開悟す。
奴児婢たが家の屋裏にか無からん、いいえおまえの中にだってあるはずだというんです、卑しいもの卑屈あいまいなもの、うしろめたくだから悪いという、そっくりそのまんま恥知らず、わっはっはわしはそっちの方が多いですか、でもこれ削ったらかたわもんですよ、差別用語ばっかり、わし差別されてるでさ。生活とは何か、明日はないんです、死んだやつに生活はない、という上の芙蓉楷祖の如くせよなんです。

紅粉施さざるも醜露れ難し、自ら愛す蛍明玉骨の装い。

はい時時に勤めて払拭すること、肝に銘じまして。

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by tozanji | 2006-01-09 00:00 | 伝光録