カテゴリ:伝光録( 51 )

第四十章

第四十章

第四十祖同安丕禅師、雲居有時示して日く、恁麼の事を得んと欲せば、須からく是れ恁麼の人なるべし。既に是れ恁麼の人なり、何ぞ恁麼の事を愁えん。師聞いて自悟す。


師は即ち雲居に参じて侍者と為りて年をふる。有時雲居上堂して日く、僧家言を発し気を吐く、須らく来由あるべし。等閑を将てすること莫れ。這裏是れ甚麼の所在ぞ、争か容易なることを得ん。凡そこの事を問う、也た須らく些子好悪を識るべし。乃至、第一将来すること莫れ。将来すれば相似ず。乃至、若し是れ有ることを知る底の人ならば、自ずから護惜することを解すべし。終に取次ならず、十度言を発し九度休し去る。甚麼としてか此の如くなる。おそらくは利益なからん。体得底の人は、心臘月の扇子の如し。直に得たり、口辺ぼく(酉に業)出ることを。是れ強いて為すにあらず、任運是くの如し。恁麼の事を得んと欲せば、乃至何ぞ恁麼の事を愁えん。恁麼事即ち得難きこと、此の如く示すを聞きて、師乃ち明きらめ、終に洪州鳳棲山同安寺に住す、道丕禅師なり。あるとき学人問う、頭に迷いて影を認む、如何が止まん。師日く、阿誰にか告ぐ。日く、如何して即ち是ならん。師日く、人に従いて求めば即ち転た遠し。又日く、人に従いて求めざる時如何。師日く、頭甚麼の処にか在る。僧問う、如何が是れ和尚の家風。師日く、金鶏子を抱いて霽漢(天空)に帰る。玉兎(月)胎を懐きて紫微(天帝の座)に入る。日く、忽ち客の来るに遇はば、何をもって祇待せん。師日く、金菓早朝に猿摘み去り、玉華晩れて後鳳ふくみ来る。言を発し気を吐く、すべからくこれ来由あるべしと、いたずらに為すことなかれと。当時もまた禅家風だの、機横溢だのそれらしい風と、本来を取り違えることがあったんでしょう、禅という別にあるもの、大悟徹底という化物です、今に至るまで別誂えに、人生を費やす、聞いたふう見たふうの雑多です。這裏これ何の所在ぞ、目を覚ませというんです、容易の感を為すことなかれ、本当本来です。おおよそこの事を問う、廓然無聖です、知らないんです、個々別々、すべからく些子好悪を識るべし、第一義如何ではなく、もとまったくの手付かず、将来すれば、何事か用い来たれば相似ず、たとい仏の言葉でもですよ。若しこれを知る人自ずから護惜することを解すべし、そりゃそうなんですよ、たとい傷口のように痛むと云うと叱られるか、もとのありようこれ、終に取り次ぎならず、十度び発して九度び休し去る、なんとしてかかくの如くなる、強いてなすにあらず、任運かくの如し。まさにこの通り、どうしようもないです。しかも本則実に適切、恁麼の事を得んと欲せば、すべからく恁麼の人たるべし、恁麼という挙げてぜんたい、自分という内も外もです、あれこれなくって急にです、するとどうしてもそうなろうとする、既にこれ恁麼の人なり、突き放して下さい、もとこうあるっきり、とやこういいの悪いの全生涯ですよ、ただもうそのまんま、あるもないもないんです、何ぞ恁麼の事を愁えん、師大悟す。

空手にして自ら求め空手にして来たる、本無得の処果然として得たり。

なんでこれができないかという大問題ですか、大問題にもなんにもならぬものこれ、時節因縁ですか、いつだって常に自ずからに熟す、自ずからというもの不要の故に。

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by tozanji | 2006-01-04 00:00 | 伝光録

第三十九章

第三十九章

第三十九祖雲居弘覚大師洞山に参ず。山問いて日く、闍黎名は什麼ぞ。師日く、道膺。山日く、向上更に道え。師日く、向上に道えば即ち道膺と名づけず。山日く、吾れ雲巌に在りし時の祇対と異なること無し。


師は童子にして出家し、二十五にして大僧となる、その師声聞の篇聚を習わせ、好みにあらずこれを捨て遊方す。翠微に至り道を問いう、会に与章より来る僧あり、盛んに洞山の法席を称す、師遂にいたる。山問う、甚れの処より来る。師日く、翠微より来る。山日く、翠微何の言句ありてか徒に示す。師日く、翠微羅漢を供養す。某甲問う、羅漢を供養するに羅漢還て来るや否や。微日く、汝毎日箇の甚麼をか食らう。山日く、実に此語ありや否や。師日く、有り。山日く、虚しく作家に参見し来たらず。山問う、闍黎名は什麼ぞ。乃至祇対と異なることあし。師洞水を見て悟道し、即ち悟旨を洞山に白す。山日く、吾が道汝に依りて流伝無窮ならん。また有る時、師に謂いて日く、吾れ聞く、思大和尚(南岳慧思)倭国に生まれて王と作ると、是なりや否や。師日く、若し是れ思大ならば仏ともまた作らず、況んや国王をや。山之を然りとす。一日山問う、甚麼の処か去来す。師日く、遊山し来る。山日く、那箇の山か住するに堪えたる。師日く、那箇の山か住するに堪えざらん。山日く、恁麼ならば国内総に闍黎に占却せらる。師日く、然らず。山日く、恁麼ならば即ち子箇の入路を得たりや。師日く、路なし。山日く、若し路なくんば争か老僧と相見することを得んや。師日く、若し路あらば即ち和尚と隔生し去らん。山日く、此子以後千人万人も把不住ならん。
青原行思でなくて南岳の慧思という天台宗なんですとさ、それじゃあんまり得道とも云えんが、若しこの事まっとうすれば、生まれ変わり仏となることなく、まして況んや王家をやです、そりゃ実感ですか、如来来たる如し、たとい万物と化してこうある、あるいはまったくないんですか、闍黎、阿闍黎坊さんのことです、これ名はなんというと聞く、道膺です、これまあ意を云えば膺は胸、ですがんあんの太郎兵衛でも同じこってす、ああたはだあれ、知らないという、花も鳥も宇宙一切ものみな、こう答える、人間だけが名前ですか、でもこれだからどうのというんでなし、達磨の不識は実感です、知らないから知らないんです、向上更に道えとは、おうよそこのこと、更にひっかからずは、向上に道えば即ち道膺と名づけず。あっはっはおれが雲巌にいた時と同じだなってわけです。洞水を見て悟るとある、そりゃ箇の因縁各種あるたって、みなまったく同じです、機縁に触れて一念起こる、いたりえ帰り来るんです、洞山大師が、吾が道汝によりて流伝無窮なりと、太鼓判ですから間違いないです。後の問答はその内容を示すんですか、師匠勝りの感、洞山問われて禅床震動することを得んなと。後三峰山に庵を結んで、法堂に出ない。洞山、なんで斎に出ぬと云えば、天神に供を送るという。山日く、我れまさに思えり、なんじ是れ箇の人と、猶這箇の見解をなすか、汝晩間に来れ。師晩に来る、山膺庵主と召す、師応諾す、山日く不思善、不思悪、是れ甚麼ぞ。師庵に帰りて寂然坐す。
天神ついに現れず。三日を以て絶す。乃至、曹山とともに後を継ぐ。

名状従来帯び来たらず、何の向上及び向下とか説かん。

はいこのとおり脱し切って下さい、迢迢として我と疎なりと、しかも葛藤これ本来、我れと世間と我にあらず世間にあらずと、如来無心また把不住、坐る以外にそりゃまったくないんですよ、わかりますかこれ箇の人。

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by tozanji | 2006-01-03 00:00 | 伝光録

第三十八章

第三十八章

第三十八祖洞山悟本大師雲巌に参ず、問いて日く、無情の説法什麼人か聞くことを得ん。巌日く、無情の説法無情聞くことを得。師日く、和尚聞くや否や。
巌日く、我れ若し聞くことを得ば、汝即ち我が説法を聞くことを得ざらん。師日く、若し恁麼ならば即ち良价、和尚の説法を聞かざらん。巌日く、我が説法すら汝猶聞かず、何に況んや無情の説法をや。師此に於て大悟す。乃ち偈を述べて雲巌に呈して日く、也太奇也太奇、無情の説法不思議。若し耳を将て聞かば、終に会し難し。眼処に声を聞いて方に知ることを得ん。巌許可す。


師最初に南泉の会に参じ、馬祖の諱辰に値う。泉衆に問いて日く、来日馬祖の斎を設く、未審、馬祖還り来るや否や。衆無対。師出でて対て日く、伴あるを待て即ち来らん。泉日く、この子後生なりと雖も甚だ雕琢に堪えたり。師日く、和尚良を圧して賎と為すこと莫れ。次にい(さんずいに為)山に参ず。問いて日く、このごろ聞く、南陽の忠国師無情説法の話ありと。某甲未だその偈を究めず。い日く、闍黎記得すること莫しや。師日く、記得す。い日く、汝試みに挙すること一遍せよ見ん。師遂に挙す。僧問う、如何が是れ古仏心。国師日く、墻壁瓦礫是れ。僧日く、墻壁瓦礫豈是れ無情にあらずや。国師日く、是。僧日く、還て説法を解するや否や。国師日く、常説熾然、説に間欠無し。
僧日く、某甲甚麼としてか聞かざる。国師日く、汝自ら聞かず。他の聞者を妨ぐべからず。僧日く、未審甚人か聞くを得ん。国師日く、諸聖聞くことを得。僧日く、和尚還て聞くや否や。国師日く、我れ聞かず。僧日く、和尚既に聞かずんば、争無情の説法を解するを知らん。国師日く、頼わいに我れ聞かず。我れ若し聞かば即ち諸聖に斉し。汝即ち我が説法を聞かざらん。僧日く、恁麼ならば即ち衆生無分にし去るや。国師日く、我れ衆生の為に説く、諸聖の為に説かず。僧日く、衆生聞きて後如何。国師日く、即ち衆生に非ず。僧日く、無情の説法何の典教にか拠る。国師日く、灼然、言の典を該ねざるは君子の処談に非ず。汝豈見ずや、華厳経に日く、刹説衆生三世一切説と。師挙し了て、い日く、我が這裏にも亦た有り。祇だ是れ其人に遇うこと希れなり。師日く、某甲未だ明きらめず。乞う師指示せよ。い払子を竪起して日く、会すや。師日く、
某甲不会。請う和尚説け。い日く、父母所生の口、終に子の為に説かず。師日く、還て師と同時に慕道の者ありや否や。い日く、雲巌道人あり、若し能く撥草瞻風せば、必ず子が重する所たらん。師い山を辞して雲巌に到る。前の因縁を挙して即ち問う、無情の説法甚麼人か聞くことを得る。巌日く、無情聞くことを得る。師日く、和尚聞くや否や。巌日く、我れ若し聞かば、汝即ち我が説法を聞かざらん。師日く、某甲甚麼としてか聞かざる。巌払子を竪起して日く、還て聞くや。師日く、聞かず。巌日く、我が説法すら汝尚聞かず、豈況んや無情の説法をや。師日く、無情の説法何の経典をか該ぬ。巌日く、豈見ずや、弥陀経に日く、水鳥樹林、悉皆念仏念法と。師此に於て省あり。即ち偈を述べて日く、也太奇也太奇、乃至眼処に聞く時方に知ることを得ん。師雲巌に問う、某甲余習未だ尽きざることあり。巌日く、汝曾て甚麼をか作し来る。師日く、聖諦もまた為さず。巌日く、還て歓喜すや未だしや。師日く、歓喜は即ち無きにしもあらず、糞掃堆頭に一顆の明珠を拾い得たるが如し。師、雲巌に問う、相見せんと擬欲する時如何。日く、通事舎人に問取せよ。師日く、見に問次す。日く、汝に向かいて甚麼をか道わん。師、雲巌を辞し去る時問いて日く、百年後忽ち人あり還て師の真を貌せしや、否と問はば如何が祇対せん。巌良久して日く、祇だ這れ這れ。師沈吟す。巌日く、价闍黎、箇事を承当することは大いに須べからく審細にすべし。師猶ほ疑に渉る。後に水を過ぎて影を見るに因りて前旨を大悟す。偈あり日く、切に忌む他に従いて覓むることを。迢迢として我れと疎なり。我れ今独り自ら往く、応に須らく恁麼に会して、方に如如に契うことを得ん。
洞山悟本大師は我が宗の始祖、汝今これを得たり、宜しくよく保護すべし、宝鏡三味は隔日毎に誦しています、まことなわが心銘とてこれに過ぎたるはなし、銀椀に雪を盛り、明月に鷺を蔵す、混ずる時んば処を知る、心異に非ざれば、来機また趣くと、宝鏡に臨んで影形あい見るが如しという、その水上を過ぎて影を見て大悟するまでに、かくの如く紆余曲折があったです。若くして南泉に食ってかかるなぞ、身のとやこうを顧みない天晴れ、まさにこうあって不惜身命、参禅は他になしというがほどに。無情の説法慧忠国師のこれ面白いです、だれか祖師の語録を見てユ-モアがあって面白いと云った、ユ-モアなんて毛ほどもないですよ、無情というんでしょう、人情人間の入る余地まったくないというんです、溪声山色花鳥風月さながらに、我が釈迦牟尼仏の声と姿と、君子たるもの即ち読書人だから、華厳経に云くとやる、眼で聞き耳で見る底は、わしだとて出家以前に知っていた、仏教のありようを見て、隔靴掻痒は洞山大師、余習ありと、汝曾て何をかなし来る、聖諦もまた為しえず、かえって歓喜すや、歓喜は無きにしもあらず、糞掃堆頭に一顆の明珠を拾うが如しと、たしかにこうあってどうにもこうにもの年月です。ぴったりはっきり行かないから、他に標準を求めるんです、墻壁瓦礫仏事をなしともてはこぶ、無情の説法我れ聞かずと追う、いきおい他の聞者を妨ぐべからずと返る、うるさったいこいつ、なんとしようば、百年後の師の真貌はと問う、ちらともありゃこんな質問です、否と云えばって、雲巌良久して、ただこれと、この事を承当するには須からく大いに審細にすべしと、もう一押しなんです、それがどうにもってことあります、相見せんと擬欲するとき如何、必死にこう問う人多いんです、通事舎人、面会を取り次ぐ側近侍者に聞けという、あっはっはこりゃ困る、見に問次す、だから周辺徘徊、でなんと云った。そりゃ答えているんですが、どうにも。あるときまったく手を引くんです、生死同じくなるんですか、切に忌中他に従いて求めることを、云うには他になく。自分終わるんです、影形あい見ているんです。さあこれ、どう云ってみてもてめえこっきりですよ、いえ曖昧なことなんかこれから先もないです。

微々たる幽識情執に非ず、平日伊をして説くこと熾然ならしむ。

微々という世間ではなにかしら残るありさまでしょう、これはまったくないんです、宝鏡に臨んであい見るんです、汝これかれに非ず、常識情堕に落ちず、洞山大師のありよう他のまったくうかがうこと不能です、老母師を尋ねて乞食をして経行往来す、我が子洞山に住むと聞いて、あい見んとするに方丈室を閉ざして入れず、老母恨みて愁死す、洞山行きて屍の持てる所の米粒三合あり、粥に和して炊いて一衆に供養す、母洞山の夢に告げて日く、よって我れ愛執の妄情断ちて、天上に生じたりと。

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by tozanji | 2006-01-02 00:00 | 伝光録

第三十七章

第三十七章

第三十七祖雲巌無住大師、初め百丈に参侍すること二十年、後に薬山に参ず。
山問う、百丈更に何の法をか説く、師日く、百丈有る時上堂、大衆立定す、柱杖を以て一時に趁散す。また大衆と召す、衆首を回らす。丈日く、是れ甚麼ぞと。山日く、何ぞ早く恁麼に道はざる、今日子に因りて海兄を見ることを得たり。師言下に於て大悟す。


師小くして石門(石門山馬祖道一入寂の地)に出家す。百丈懐海禅師に参ずること二十年、因縁契はず、後に薬山に謁す。山問ふ、甚麼の処より来る。師日く、百丈より来る。山日く、百丈何の言句ありてか衆に示す。師日く、尋常日く、我に一句子あり百味具足すと。山日く、鹹は即ち鹹味、淡は即ち淡味、鹹ならず淡ならず是れ常味、作麼生か是れ百味具足底の句。師無対。山日く、目前の生死を奈何せん。師日く、目前に生死なし。山日く、百丈に在ること多少の時ぞ。師日く、二十年。山日く、二十年百丈に在りて俗気だも也た除かず。
他日侍立する次で、山又問ふ、百丈更に甚麼の法をか説く。師日く、有時道く、三句の外に省し去る、六句の外に会取せよと。山日く、三千里外、且喜すらくは没交渉。又問ふ、更に甚麼の法をか説く。師日く、有事上堂、乃至師言下に於て大悟す。

我に一句子あり、百味具足すと云えば、これを仏なりとて、吟味鑑賞する、二十年来なを俗気だも除かずと、目前の生死をいかんせんと云われて、生死を持ち出す、日く生死なしと。仏教として何かあると思って止まぬ、どうしてもこれを得て、なにかしらになろうとする、我が畢生の大事竟んぬとしたい、実は早に終わっている、どうしてもこれがわからない、手に入らんのです。三句の他に省し去れ、六句の外に会取せよと、必死にやってるんです、且喜すらくは没交渉と、一喝ぶっ飛ばされてなをかつですか、ついに知るんです、百丈大衆を鱈たらい回しの、これなんぞ。なんでそれを早く云わない、今日初めて海兄を知ると、もやもや首を突っ込んでいた、そういう自分にまったく用はなかったんです、な-んだというほどに、言下に於て大悟す。そうです、因縁時節とは云いながら、たとい雲巌無住大師これを得るとも、他の凡百何千ついに死ぬまで、てめえの糞袋に首を突っ込むきり、いったいこれをなんとしようぞ、生まれ変わってまた出て来いという以外にないか、次の世には必ずと。

孤舟棹ささず月明に進む、頭を回らせば古岸の蘋今だ揺がず。

孤舟棹ささずとは、二十年参じて薬山を問う雲巌大師ですか、月明とは仏ですか、古岸は百丈と、蘋伸び放題の草ですか、まことにこれ師弟の問答のありさまを見るようで、気がつくとなんと初めから大悟徹底です、面白いですね、この偈を読んで気に入らない人なんかいない、いい二連です、雲巌無住大師万歳。
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画像の出典  玖延寺住職阿蔵葺心様和尚/2006年1月1日午前1時
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by tozanji | 2006-01-01 00:00 | 伝光録

第三十六章

第三十六章

第三十六祖弘道大師、石頭に参じ問いて日く、三乗十二分教は某甲粗ぼ知る。
嘗て聞く、南方に直指人身見性成仏と、実に未だ明了ならず、伏して望むらくは和尚、慈悲もて指示せんことを。頭日く、恁麼もまた得ず、不恁麼もまた得ず。恁麼不恁麼総に得ず、子作麼生。」師措くこと罔し。頭日く、子が因縁此に在らず、且らく馬大師の処に往き去れ。師命を受けて馬祖を恭礼す。すなわち前問を陳ぶ。祖日く、我れ有時は伊をして揚眉瞬目せしめ、有時は揚眉瞬目せしめず、有時は揚眉瞬目する者是、有時は揚眉瞬目する者不是なり、子作麼生。師言下に於て大悟す。便ち作礼す。祖日く、汝甚麼の道理を見て便ち作礼するや。師日く、某甲石頭の処に在りて、蚊子の鉄牛に上るが如し。祖日く、汝既に是くの如し、善く自ら護持せよ、然りと雖も汝が師は石頭なり。


師諱は惟儼、年十七歳出家し納戒す、博く経論に通じ戒律を厳持す。一日自ら嘆じて日く、大丈夫まさに法を離れて自浄なるべし。誰か能く屑屑として細行を布巾に事とせんや。首め石頭の室に到る、便ち問う、三乗十二分教は某甲ほぼ知る、乃至、善く自ら護持せよと。侍奉すること三年、一日祖問いて日く、子近日見処作麼生。師日く、皮膚脱落し尽くして唯一真実のみあり。祖日く、子が所得謂いつべし。心体に協うて四肢に布けりと。既に然り、是の如く、まさに三条のベツ(三すじの竹の皮)もて肝皮を束取して、随所に住山し去れ。
某甲またこれ何人なれば、敢えて住山せよと云うぞ。祖日く、然らずんば、未だ常に往いて住せざること有らず、未だ常に住して行かざること有らず。益さんと欲すれども益す所なく、為さんと欲すれども為す所なし。宜しく舟航となりて、久しく此に住すること無かるべし。師乃ち祖を辞して石頭に返る。石頭問いて日く、汝這裏に在りて什麼をか作す。師日く、一切為さず。頭日く、恁麼ならば即ち閑坐せり。師日く、若し閑坐せば即ち為せり。頭日く、汝道う、為さずと、箇の甚麼をか為さざる。師日く、千聖も亦識らず。頭偈を以て讃して日く、従来共に住して名を知らず、任運に相い将いて只麼に行く、古え自り上賢猶を識らず、造次の凡流豈明らむ可けんや。後に石頭垂語して日く、言語動用没交渉、師日く、言語動用に非ざるも亦没交渉。頭日く、我が這裏針箚不入。師日く、我が這裏石上に花を栽ゆるが如し。頭之を然りとす。後にレイ州の薬山に住す。海州雲会す。
皮膚脱落しつくして真実のみありという、どうですか、先ずはそうなって後の仏教ですよ、でないとどうしても仏教を求めるんです、標準が他にある、他にあってなをかつおれはとやる、心体一如にして初めて仏です、彼岸に渡る知慧です、他にはないんです。でもって薬山惟儼出てけったって出て行かない、可笑しいんです、馬祖道一といっしょに暮らしていりゃあ世界ぜんたいです、益さんと欲すれども益す所なく、為さんと欲すれども為す所なく、こんこんと云われて、宜しく舟航となりて、久しく此に住することなかるべしと云われて、のこのこ石頭のもとへ返る。どうですか、我こそは歴史に一頁などけちなこと云わんのです、じゃ水や空気と同じではないかという、恁麼なれば即ち閑坐せりというに、若し閑坐せば即ち為せり、水や空気じゃない、まさにこれ仏、打てば響くんですよ。言語動用没交渉と云えば、言語動用に非ざるも亦没交渉。
我が這裏針の頭も入らんと云うに、石上に花を栽ゆるが如しと、就中秀逸です、これは師をしのぐ。海衆雲会す。そうですね、大丈夫まさに法を離れて自浄なるべし、たれかよく屑屑として細行を布巾せんやという、この心です、あたかも蚊子の鉄牛を噛むが如くと、かつてを顧みる人、いえまさにこれ。

平常活発発の那漢、喚びて揚眉瞬目の人と作す。

法によって自縄自縛を知り、ついにこれを破り去る、活発発地を知る、喚びて揚眉瞬目の人ですか、強いて云えばという、なんにもしない、一山の主になって出て行こうともしない、木偶の坊かというと、まさにこれ他の千倍し万倍する、なんというまあとんでもない人です、わずかに皮膚散じ尽くして真実という無自覚、もと生まれたまんまのこれが消息。

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by tozanji | 2005-12-31 00:00 | 伝光録

第三十五章

第三十五章

第三十五祖無際大師青原に参ず、原問いて日く、汝甚麼の処より来る。師日く、曹溪より来る。原乃ち払子を挙して日く、曹溪に還た這箇有りや。師日く、但だ曹溪のみに非ず、西天にも亦無し。原日く、子曾て西天に到ること莫しや否や。師日く、若し到らば即ち有らん。原日く、未在更に道へ。師日く、和尚也た須らく一半を道取すべし。全く学人によること莫れ。原日く、汝に向かいて道うことを辞せず、恐らくは已後、人の承当すること無からん。師日く、承当は無きにしも非ず、人の道得すること無からん。原払子を以て打つ。
師即ち大悟す。


師諱は希遷、母初め懐妊して葷茹を喜ばず、師孩提に在りと雖も保母を煩わさず。既に冠して然諾自許す。郷民鬼神を畏れて淫祀多し。牛を殺し酒にしたしむことを常とす、師即ち往いて祀を壊ち牛を奪いて帰る。年に数十、郷老禁ずること能わず。十四歳にして初めて曹溪に参ず。六祖まさに滅を示さんとす。
師問いて日く、和尚百年の後、希遷まさに何人にか依付すべき。祖日く、尋思し去れ。祖の順世に及んで、師毎に静処に於て端坐し、寂として生を忘るが如し。時に第一座南岳懐譲問いて日く、汝が師すでに逝す、空しく坐して何かせん。師日く、我れ遺戒をうく、故に尋思するのみ。譲日く、汝に師兄あり、行思和尚という、今青原に住す。師直に青原に到る。原問いて日く、人あり嶺南に消息ありと道う。師日く、嶺南に消息ありと道わず。原日く、若し恁麼ならば大蔵小蔵何れより来たる。師日く、ことごとく這裏よりし去らん。原之を然りとす。ある時原払子を挙して日く、曹溪にまた這箇有りや。乃至師大悟す。
これ六祖大満禅師に初相見、いずれおり来る、嶺南より来る、嶺南人無仏法というのに、人には南北あり、仏性に別なしと答えるのとどうですか、物まね人まねではない、まっさらです、まっしんに当る変化、では今はどうかというに、六祖檀経の素直さがいいです、信心銘や心銘が実にいいと思います、六祖より輩出する活発発地、そりゃすばらしい時代であったです、南岳の懐譲その弟子の大趙州、慧忠国師もだれも、ほんにばくやの剣なと云う他はない、手も触れられんです、そりゃ六祖だって同じこってすが、一宿覚の青原行思ああ云えばこう云うの、石頭希遷に持って行かれないんです、いぶかし更に道へという、人に預けないで一半を道取すべし、てめえがことに首突っ込んでいない勢いです、そりゃ他なしの自身、これを未だしと知る、そりゃ自分がないからです、言句上のこっちゃないです、承当は無きに非ず、人の道得すること無からんというやつを、払子を以て打つ、わずかにかくあるべしを払う、廓然大悟。
石頭希遷のミイラを見たですよ、忘れられん大事件でした。

一提提起す百千端、毫髪未だ曾て分外に攀じず。

青原のもたげた払子です、そやつから一歩も外へ出られない様子です、人真似で一指頭を挙げても失笑を買うだけですが、さしもの希遷大和尚、ついに分外によじずですか、払子のざんばら髪、ついに打たれて消えるんですか、生死同じくこうある、ふいっと失せる、大悟というそりゃ完全無欠です、髪一重もあれば収まり切らんです、手を取り足を取りしたって、契わんときゃ契わんです、あっというまの急転直下、なんでおれは今までもたもたという、わっはっはしょうがねえやつであったなという感想、でもって実になんにもないんですよ、得失無し。ミイラになって死んでもいいってのそれですか、そりゃ用事終われば。

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by tozanji | 2005-12-30 00:00 | 伝光録

第三十四章

第三十四章

第三十四祖弘済大師曹溪の会に参ず。問いて日く、当に何の所務か即ち階級に落ちざるべき。祖日く、汝曾て甚麼か作し来たる。師日く、聖諦も亦為さず。
祖日く、何の階級にか落ちん。師日く、聖諦すら尚為さず、何の階級か之れ有らん。祖深く之を器とす。


師は幼歳にして出家し、群居して道を論ずる毎に、師はただ黙然たり。後に曹溪の法席を聞きて乃ち往きて参礼す。問いて日く、まさに何の所務か階級に落ちざるべき、乃至祖深く之を器とす。会下の学徒多しといえども師首に居す。
一日祖師に云いて日く、従上衣法ならび行ず、師資たがいに授く。衣は以て信を表し、法は乃ち心を印す。吾今人を得たり、何ぞ信ぜられざるを患えん。衣は即ち留めて山門に鎮ぜん、汝当に化を一方に分かちて断絶せしむることなかるべし。師吉州の青原山静居寺に住し、乃ち曹溪と同じく化を並べ、ついに石頭を接してより、人踵を接して来たる。もっとも大鑑の光明なりとす。後に弘済大師と謚す。
まさに何の所務か階級に落ちざるという、ついになんの所務もなく階級もなき人、これたとい何人もそうには違いないんですが、生まれついてのなんにもならぬ人います、別段他と比べて能力に劣っているというわけではなく、たいてい何やらしても抜群というほどに、しかも群居して道を論ずるに黙然たりです、すると不思議に思うんです、人の形を表わす、それはいったい何か、中途半端の不満足のまま、いえそんなこってはとうてい、いえ自分もそうせねばいけないんだろうがと、慧能もと技倆なし、どうしようもなく、聖諦すら尚為さずです、すなわち何の階級かこれあらんと、そのまっしんに坐すんです、自分という何物もない坐を知るんです、いいも悪いもないまったい安住して他なしです、浮き世というあるいは仏教という、あるいは光陰互いに行くんですか、現実とは他のどんなやつよりもまさに現実です、しかも三百六十五日夢。通達することかくの如し、学人雲集すること然り、青原行思俗に一宿覚という、曹溪に一晩宿って悟ったからと。

鳥道往来猶跡を断つ、豈玄路の階級を覓るに堪えんや。

みずとりの行くも帰るも跡絶えてされども法は忘れざりけれと、人のありようものみなのありようまさにこれ、本能の赴くままという人間傲慢を少しは思い返してみるといいかも知れません、人知という、目から鼻へ抜けるという、これ形あり、一を聞いて十を知る、これ跡型あるんです、そうではないもと目鼻なし、もとはじめからぜんたいです、階級という便宜あってあるとき用い、あるとき解消するんですか、いいえ階級のまんま無階級ですよ、解消という不自由じゃないんです、人々よく確かめて下さい、わっはっははい無責任。

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by tozanji | 2005-12-29 00:00 | 伝光録

第三十三章

第三十三章

第三十三祖、大鑑禅師。師黄梅の碓坊に在りて服労す。大満禅師有時夜間に碓坊に入りて示して日く、米白まれりや。師日く、白まるも未だ篩ふこと有らざる在り。満杖を以て臼を打つこと三下す。師箕の米を以て三たび簸りて入室す。


師姓は盧氏、その先は范陽の人、父は武徳中に南海の新州に左遷せられ、ついに喪す。その母志を守りて養育す。長ずるに及んでもっとも貧なり、師樵して以て給す。一日薪を負いて市中に至る。客の金剛経を読むを聞き、応無所住而生其心というに到りて感悟す。師その客に問いて日く、これは何の経ぞ。客日く、これは金剛経と名く、黄梅の忍大師に得たり。師急に母に告げて、法の為に師を尋るの意を以てす。尼無尽蔵常にねはん経を読む。師しばらく聞きて、ためにその義を解説す。尼巻を取りて字を問う、師日く、字は知らず。尼驚嘆して、能はこれ有道の人なり、宜しく請して供養すべしと。人競い来たりて礼す。宝林古寺あり、師をして住せしむ、四衆雲集してにわかに宝坊となる。一日自ら念じて日く、我れ大法を求む、豈中道にしてとどまるべけんやと。師辞し去って黄梅に到り、五祖大満禅師に参謁す。祖問うて日く、何くより来る。
師日く、嶺南。祖日く、嶺南人に仏性なし。なんぞ仏を得ん。師日く、人に即ち南北あり、仏性豈然からんや。祖是れ異人なりと知りて、乃ち訶して日く、槽廠に着き去れと。能礼足して退き、碓坊に入りて杵臼の間に服労し、昼夜息まず。八月を経たり。祖付授の時至るを知りて、遂に衆に告げて日く、正法難解なり、徒らに吾言を記して持して、己が任と為すべからず、汝ら各自随意に一偈を延べよ。若し語意冥府せば則ち衣法皆付せん。時に会下七百余僧の上坐神秀、学内外に通じ、衆の宗仰する所なり。みなともに推奨して日く、もし尊秀に非ずんば、たれか敢えて之に当たらん。神秀偈を作ること終わりて、数度呈せんとして堂前に至る。心中恍惚として遍身汗流る、前後四日をへて呈することを得ず、如かず、廊下に向かいて諸著せん、他の看見するに従い、若し好しと道へば、出て礼拝して秀が作と云はん、若し不堪と道へば、まげて山中に向かいて年をへんと、この夜三更、自ら灯をとりて偈を南廊の壁に書す。身は是れ菩提樹、心は明鏡台の如し、時時に勤めて払拭せよ、塵埃を惹かしむること勿れ。祖経行してこの偈を見て、これ神秀の述ぶる所と知りて、賛嘆して日く、後代これに依りて修行せばまた勝果を得ん。各をして誦念せしむ。師碓坊にありて偈を誦するを聞きて、美なることは即ち美なり、了ずることは未だ了ぜずと、童子をして秀のかたわらに一偈を写す。菩提本樹に非ず、明鏡亦台に非ず、本来無一物、何れの処にか塵埃を惹かん。一山上下皆日う、これ実に肉身の菩薩の偈なり、内外喧すし、祖盧能が偈なりと知りて、未見性の人なりと云うて、かき消す。夜に及んでひそかに碓坊に入りて問ふて日く、米白まれりや未だしや。乃至三度び簸りて入室す。祖示して日く、諸仏出世、一大事の為の故に、機の大小に随いてこれを引導す。遂に十地三乗頓漸の旨あり、以て教門を為す。しかも無上微妙秘密円明真実の正法目蔵を以て、上首大迦葉尊者に付す。展転伝授すること二十八世達磨に至り、この土に届いて可大師を得、承襲して我れに至る、今法宝及び所伝の袈裟を以て、用いて汝に付す。善く自ら保護して断絶せしむることなかれ。師跪きて衣法を受けて啓して日く、法は則ち既に受く、衣何人にか付せん。祖日く、昔達磨初めて至る、人未だ信ぜず、故に衣を伝えて以て得法を明かす。今信心既に熟す。衣は即ち争いの端なり、汝が身にとどめて亦伝えざれ。且らく当さに遠くに隠れて時を待ちて行化すべし。いわゆる受衣の人は命懸糸の如くならん。黄梅の麓に渡しあり、祖自ら送りてここに至る。師いっして日く、和尚速やかに還るべし、我既に得道す、まさに自ら渡るべし。祖日く、汝既に得道すべしと雖も、我れなを渡すべしと云いて、竿を取りて彼の岸に渡し終わり、ひとり寺に帰る。それより後五祖上堂せず。衆問えば、我が道逝きぬと、師の衣法何人か得る、祖日く、能者得たり。盧行者、名は能、尋ぬるに既に失せり。すなわち共に走り追う。時に四品将軍、発心して慧明というあり。衆人の先となりて大ゆ嶺にして師に及ぶ。師日く、この衣は信を表す、力を以て争うべけんや。衣鉢を盤上に置きて草間に隠る。慧明至りてこれを揚げんとするに、力を尽くせども揚がらず。大いにおののきて日く、我れ法の為に来る、衣の為に来たらず。師出て盤石の上に坐す。慧明作礼して日く、我が為に法要を示せ。師日く、不思善、不思悪、正与麼の時、那箇か是れ明上座本来の面目。明、言下に大悟す。また問いて日く、上来密語密意の他、かえりて更に密意ありや。師日く、汝がために語る者は即ち密に非ず。汝若し返照せば、密は汝が辺に有らん。明日く、慧明黄梅に在りと雖も、実に未だ自己の面目を省せず。今指示をこうむる。人の水を飲んで冷暖自知するが如し。今行者は即ち慧明が師なり。師日く、汝若しかくの如くならば、吾と汝と同じく黄梅を師とせん。明礼謝して返る。後慧明を道明と改む、師の上字を避ければなり。師四県の猟師の中に隠れて十年を経る。二僧あい争う、風刹旙を揚ぐ、一は旙動くと日い、一は風動くと日う、師日く、風旙の動くに非ず、仁者の心動くなりと。これを以て出世す。
然して後曹溪に返りて大法雨を雨降らす、覚者千数に下らず、寿七十六にして沐浴して坐化す。
六祖大鑑慧能禅師によって宗風大いに興ること、またこれが伝法出世の因縁、人のまたよく知るところです。信を表するもの、たとい石の上に置かれようが、取ろうたって取れんです、このときいったいこれの何たるかを知る、作礼して日く、我が為に法要を説けと、不思善不思悪、正与麼の時那箇かこれ明上座が本来の面目。まさに目の当たりまったく他にはないことを知る、言下に於て大悟すとは、今も昔もあるんです、存在するという無自覚、常にその中にありながら、別こと余計ことなんです。身は菩提樹と願い、心は明鏡台の如しと示し、どうにもそうはなり切れんのを、時時につとめて払拭せよ、塵埃をひかしむることなかれとやる、嘘でありごまかしです。菩提もと樹にあらず、明鏡また台に非ず、いいですか明鏡そのものですよ、菩提心与麼に長ずるんです、本来無一物、手つかずのものみな、いずれの処にか塵埃をひかん。ちりもほこりもない、真正面ですよ。すると、旙動かず風動かず、こっちがこう揺れていたりするんです。

臼を打つ声高し虚碧の外、雲に簸るる白月夜深うして清し。

簸るとはふるいにかけて選り分けるんですか、砂米一時に去る、それじゃ大衆は何を食うというのあったですが、応無所住而生其心と感悟するところのものを、出入し長長出させるんですか、砂も米も同じに見え、空間も同じに映り、しかもなをかつ、これをついて米白まり、これを簸る神変不思議です、あると思いあとかたと見え影とも見える、自分という架空請求がまったく失せるんです、よってもって臼を打つ声高しです、虚碧の外という、ほうら他なしです、雲に簸るる白月と、ものみなはっきりしています、深うして清しと、それっこっきりですよ、世間も仏教界もないんです、あっはっはこんなの出世は難中の難ですか。でもさ、今の世も知る人はちゃ-んと知る。

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by tozanji | 2005-12-28 00:00 | 伝光録

第三十二章

第三十二章

第三十二祖大満禅師、黄梅路上に於て三十一祖に逢う。祖問いて日く、汝何の姓なる。師日く、性は即ち有れども是れ常の姓にあらず。祖日く、是れ何の姓ぞ。師日く、是れ仏性なり。祖日く、汝姓無きや。師日く、性は空なるが故に無し。祖黙して其の器なるを識り、法衣を伝付す。


師はき州黄梅県の人。先に破頭山の栽松道人たり。かつて四祖に請うて日く、法道得て聞きつべしや。祖日く、汝すでに老いたり、若し聞くことを得るとも、よく化を広めんや。若し再来せば吾なを汝を待つべしと。即ち去りて水辺に往いて、女の衣を洗うを見て、礼して日く、寄宿し得てんや否や。乃至女一子を生む、不詳の子とて濁港の中に捨てる。流れに濡れることなし、神仏護持して七日損せず。母これを見て養う、長じて母とともに乞食す。人呼んで無姓児という。智者ありていう、この子七種の相を欠きて如来に及ばずと。黄梅路上に四祖の出遊に会う。即ち骨相奇秀常童に異なるを見て、問いて日く、汝何の姓ぞ。乃至黙してその法器なるを知り、母に請して出家せしむ、時に七歳なり。よって伝法出家せしより、十二時中一時も蒲団にさえらることなし、余務欠くことなしと雖も、かくの如く坐し来る。上元二年、徒に示して日く、吾事すでに畢んぬ、すなわち逝くべしと云いて、坐化す。
現代人からみると、理不尽というか奇異な伝えですが、たといどうなろうと、そのことわりをまっとうするんです、寸分も忽せにせぬ所が見えます、どうかこれを見習って下さい。さまざまな人に接し、そのありようを見るに、すんなりと行く人、滞り七転八倒の人、あるいはまったく無縁の人、せっかく開示しながらどうにもこうにもの人、はたして宿縁のなせるが如くと、いえたとい今生も、蒔いた種は刈らんが如きです、必ずやその結果を得る、これをもって念じて、ついには仏です、如来来たるが如しと、これを観じて下さい、故は如何、仏教に一微塵も過ちはないんです、他なしにこうあります。

月明らかに水潔く秋天浄し、豈片雲の大清に点ずる有らんや。

たとい親不孝傍迷惑、云う甲斐もなやのわしみたいなものでも、ついにそれを忘れ切ることができます、悪業の中の悪業出家非行道とて、自分が自分を許されぬ、ついにはその自分が失せるんです、すると如来仏という、もとこれのみがあって、私無し、私というあったかなかったか、夢にも見ないほどの、たかが百年足らずです、願くはもう一度生まれ変わって、若くして化を広めたいと思う、それはなんとも滞って、この世この身心を徒労に用いる歳月の長かったこと、未だに一人の跡継ぎをも見いだし得ないことです、とにかくあっはっは死ぬまで生きるんですか、暁幸を待つ。

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by tozanji | 2005-12-27 00:00 | 伝光録

第三十一章

第三十一章

第三十一祖、大医禅師、鑑智大師を礼して日く、願くは和尚慈悲、乞ふ解脱法門を与えよ。祖日く、誰か汝を縛すや。師日く、人の縛するなし。祖日く、何ぞ更に解脱を求めんや。師言下に於て大悟す。


師諱は道信、師生まれて超異なり、幼より空宗の諸の解脱門を慕う、あたかも宿習の如し。年十四にして三祖大師に参じて日く、願くは和尚慈悲、乃至言下に大悟す。師祖風を続ぎて摂心寝ることなく、脇席に置かず六十年、徒衆とともに吉州に到る、群盗城を囲みて七旬に及ぶ、師憐れみて摩訶般若を念ぜしむ、時に群盗城壁をうかがうに、神兵あるが如し、定めて異人あるべしといって、ようやく引き下がる。帰りて破頭山に住す、学侶雲集す。一日黄梅路上に親しく弘忍を接し、牛頭頂上に横に一枝を出す。唐の太宗詔して京に招く、師上表して遜謝すること三返、使い来たりて、もし起たずば首を切れという、神色厳然、ついに切れず。一切諸法、悉皆解脱、汝等各自護念して、未来を流化せよと、云い終わりて安坐して逝す。
和尚慈悲乞う解脱の法門を与えよという、誰か汝を縛すや、いいえだれも縛ってはいないという、では何ぞ更に解脱と求めんや、師言下に於て大悟す。そうです、まったくこれっきりなんです、十四歳にしてこうです、七転八倒座禅により見性によち、ああでもないこうでもないの、まったくそんな必要のないことを、直きに知って下さい、手つかずの法門、手をつける必要がないんです、言下に於て大悟して下さい、まるっきりのただ。だからなんでもありあり、しゃばの我欲不都合のそのまんまですか、摂心寝ることなく、脇席につかず六十年です、自ずからにかくの如くです、務めてなすのおいて務めてなすんです、わかりますかこれ。

心空浄智邪正無し、箇裏知らず何をか縛脱す。縱ひ五蘊及び四大を別つも、見聞声色終に他に非ず。

もとこのとおりにあって、他にないのを何で知らず、何ゆえ安住せぬかという、根本の問題です、何ゆえと問いわれて、答えようがないんですか、いえ我欲のゆえに、とらわれのゆえに、いえ我れという架空のゆえに、五蘊あり四大ありする、見聞覚知を追うんですか、どうしてもこれを免れえぬと思い込むんですか、すなわちこう云えばこれ切りがないんです、切りのないのを人生という、いったんどうでもってことあります、これではならじということあって、願くは和尚慈悲、わがために解脱の法門を示せという、願くはなければ、だれも縛ってなぞいない、もとかくの如しとは気がつかない、これ仏教、でなくばもとっから仏の教え不要。たといまあそういうこってすか。

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by tozanji | 2005-12-26 00:00 | 伝光録