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第十三則 臨済瞎驢

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 衆に示して云く、一向に人の為に示して己れ有ることを知らず。直に須らく法を尽くして民無きことを管せざれ。須らく是れ木枕を拗折する悪手脚なるべし。行に臨むの際合に作麼生。

挙す、臨済将に滅を示さんとして三聖に囑す。吾が遷化の後、吾が正法眼蔵を滅却することを得ざれ。聖云く、争でか敢えて和尚の正法眼蔵を滅却せん。済云く、忽ち人有って汝に問はば作麼生か対へん。聖便ち喝す。済云く、誰か知らん、吾が正法眼蔵這の瞎驢辺に向かって滅却することを。

 臨済院の義玄禅師は黄檗の嗣、門下に三聖慧然ほか十余の神足を出し、臨済宗の祖。行に臨むの際、臨終の時です、死ぬまぎわまで為人のところこれ仏祖世の常、一向に人の為に尽くして己れ有ることを知らずです、自分の中に首を突っ込んで窒息死、自殺志願というよりただもう情けないんですが、そんな現代人に、本来こういう生き方のあるのを知らせたいです、自殺するんならアフガンに地雷撤去に行くとか、自爆テロでキムジョンイルをやっつけるとかさ、一生にたったいっぺん他の為にする、でなかったら生きた覚えもないことは、自殺したいというそいつが証です。
 為人のところ広大無辺、自分という袋小路、アッハッハ単純明解な理由ですよ。法を尽くすとは大死一番です、大活現成は民というコンセンサスから飛び出しちまうんです、我と有情と同事成道です、だからといって人間なんです、為人の所と帰り来るんです、臨済の大悟と滞るなしですよ。三聖に囑す、おれの死んだあとおれの正法眼蔵をぱあにしないでくれとは、世間流という悟りの悪い我妄に聞こえ、なんでえ臨済ともあろうもんがというわけです、ところがまったく違うんです。三聖に一掌を与える、のうのうとお寝んねしてるんなら、枕けっぽる悪手却、自分の死ぬなんてことこれっぽっちも考えてないんです。
 どうしてぱあにしましょうや、ふーんなら忽ち人問えば汝なんて答える。喝する。
ちえせっかくわしの正法眼蔵は、この瞎驢めくらのろばです、唐変木がぱあにしちまいやがる、わっはっは臨済安心して死ねるんです。
 そうですよこれ人間本来、一器の水が一器に余すところなくなど、そんなけちなこと云ってないんです、左右を見回してごらんなさい、臨済まさにかくの如しです。

頌に云く、信衣半夜蘆能に付す、攪攪たり黄梅七百の僧。臨済一枝の正法眼、瞎驢滅却して人の憎しみを得たり。心心相印し祖祖灯を伝ふ。海嶽を夷平し、鯤鵬を変化す。只だ箇の名言比擬し難し、大都そ手段飜倒を解す。

 蘆能は蘆行者六祖大鑑慧能禅師、黄梅山大満弘忍祖の法を嗣ぎ、お釈迦さまから伝わったという衣を持して夜半密かに忍び出る、これを知って七百の僧右往左往、臨済正法眼蔵、阿呆のろばにつないで他の憎しみを買うと、まあまさに鳴り物入りですか。仏とはもとだれしもちゃーんと備わりながら、夢にも見ぬ思いも及ばぬものです。夢に見る思い及ぶものを、一枚でも二枚でもひっぺがして行かにゃならん。手段悪辣臨済棒喝も為にあるんです、こっちとしちゃあ噛んで含める如くするのに、なんでたんびにそっぽ向くんだ、匙を投げたってのが毎回の感想です。夷えびすはまたたいらぐと読む、大海から山嶽までも平らげ、こんは昆に魚、北冥に大魚あり変じて鵬となるとさ、鵬は鳳と同じくおおとり、変化へんげす、ああでもないこうでもないをまったくに収める、アッハッハ轟沈させるんですな、だからって海嶽も鯤鵬もちゃー
んとあるところが面白い。箇の名言というたった一回きりの手段です、花の綻びるのを見て悟った、だからってことない、門扉に足を挟まれて知った、だからおれもってことないんです。そりゃ通常のこっちゃ駄目だといって、通常もて徹底する、そりゃ臨済ならずともです、人の思惑判断じゃないんです。


画像の出典  2004年・津軽/方丈の旅の記録より
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by tozanji | 2005-02-18 07:30 | 従容録 宏智の頌古

第十二則 地蔵種田

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 衆に示して云く、才子は筆耕し弁士は舌耕す。我が衲僧家、露地の白牛を看るに慵うし、無根の瑞草を顧みず、如何が日を度らん。

挙す、地蔵脩山主に問ふ、甚れの処より来る。脩云く、南方より来る。蔵云く、南方近日仏法如何。脩云く、商量浩浩地。蔵云く、争でか如かん我が這裏田を種へ飯を摶めて喫せんには。脩云く、三界を争奈んせん。蔵云く、汝甚麼を喚んでか三界と作す。

 地蔵はお地蔵さんではなく、地蔵桂シン深のサンズイではなく王、玄沙師備の嗣、門下に法眼ほか。才子は筆耕し弁士は舌耕すと、世間一般は血の汗流せ涙を拭くなといった按配に奮闘努力によって、やっと人並みななり人を抜きんでていっぱしというわけです。だがこれは違う、わずかに悩を除き自分一個を救えばいいんです、ほかのこたいらんです。 露地の白牛無根瑞草は、洞山大師玄中銘という、アッハッハなんだかんだいう人で、というと叱られますがたとえばまあこういった風で、「霊苗瑞草、野父芸ることを愁ふ、露地の白牛、牧人放つに懶うし。」懶うし慵うし同じです、根無草、妄想というこれいいわるいもない、どだい妄想かくという自分がかいているようですが、自分のものなぞないんです、すなわち自分の自由にできない、そいつを我が物に、自由にしようとするから妄想なんです。
 霊とは心の問題あるいは自然の微妙です、もとかくの如くあるによって瑞草ですか、念起念滅、ぽっと出ぽっと消えるんです、そのまんまにしておきゃそれっきりなのに、そいつに栄養を与える、野父芸ることを愁う、アッハッハ自分でやっといて自分で愁うる世の常ですか、思想妄想にしてやられる手前倒れを=人間と云うんですか。
 これ妄想を出す人もこれを芸術する人も同じ一人です、それゆえぴったり一つになると、まるっきりないんです、霊苗瑞草念起念滅のまんままったくない、これを無心心が無いというんです、妄想、想念がないんじゃないんんです、ないんじゃそりゃ脳死ですよ、さかんに活躍したろうがまったくない、はいこれをまず得て下さい、真正面ということです。ちょっと苦労しますか、でもこれ知らんきゃそりゃ問題にならんです。
 露地の白牛貴重品ですか、ほかはみんな厩の中のべた牛ってなもんで、仏の示す処比類を絶するんですが、そのものになりきったらそのものないんです、貴重品へえ何がさって聞く感じです。
 新年宴会に上野のお山へ行ったら、ホームレスの大会などやっていたけど、なんかあっちこっち坊主どもに出会った、ぱかっと目が合うと、目なんか合わせやせんのにさ、向こうががっさり萎縮する、今時坊主ども仏教のぶの字もないんだけど、そりゃだれあって、なんか来し方みじめうさんくさみたいな顔してそっぽ向く、みじめどうしようもなしアッハッハ、問題にならんはこっちだが、わしはぽかっとそれっきりだのに、相手が萎縮するのは、てめえ一人相撲なんです。
 あほっくさいてえかまあそういったこったな。蛇足ながら意識の外なんですよ、鼻持ちならぬ自意識じゃないんです、アッハッハうだうだいっちゃった。まあそういったことで懶うしは、ものうしと云ってたんじゃあ痛棒食らわせにゃいかんのです。

 この則は脩山主、撫州龍済山主紹脩禅師とあります、地蔵の法を嗣ぐんですが、このとき南方から来た、南方の仏教如何と問はれて、いやもう大いに盛んでありますと答えた、そうかいやこっちは、田を植えて実ったら摶(あつ)めて飯にして食っとるがという、いえそんなんじゃどうして三界を脱すると聞く、三界の枠を着せなきゃ三界なしですが、脩山主これを一心に求め来た様子です、兄弟子法眼に、万象の中独露身と是れ万象を撥うか万象を撥はざるかと問われて、万象を撥はずと答えている、見事にひっかかるんです、どうしても問題にせずにはいられない、なんの撥不撥とか説かんと云われて、地蔵のもとにかえり、大悟するんです。わかりますか、ただ坐ってりゃいいたってそうは行かんです、まずは脩山主に見習うがいいです、何かあるから求めるんです、求めなきゃどうもならん、ついに求め来たって皮っつら一枚になる、三界はと聞く、三界なしを知る、三界なんてものないんだからどうのじゃないんです、うすっ皮一枚はがれるのに、人の百生分も費やす覚悟ですよ、でなきゃ法なんて嗣げやせんです、なにたったいっぺん捨身施虎ですか、三界万象わがものになって消える、そりゃもうこれ初めて本来。

頌に云く、宗説般般尽く強いて為す。耳口に流伝すれば便ち支離す。田を種へ飯を摶む家常の事。是れ飽参の人にあらずんば知らず。参じ飽いて明らかに知る所求無きことを。子房終に封侯を貴とばず。機を忘じ帰り去って魚鳥に同じうす。足を濯ふ滄浪煙水の秋。

 どうしても仏を求め仏教に習う、就中激しいものがあります、これなくば結局ものにならんでしょう、でもいったい何を求めているのか、自分というこの身心のほかにないんです、耳口より入るもの、耳口より出ずるもの、どうですかこれ、まさにもっともそんな必要のないことを知る、これ仏教ことじめ。西欧文物あるいは哲学に志した人が、一転してこの事を求めるのに、いくら坐ってもどこまで行こうが、対人関係ですかコンセンサスという便ち支離するよりない、なんというかおのれご本尊で坐っている、あるいはその醜悪に気がつかないんです。田を植え飯を喫すること日常事に、なんの求める事もないんです、これを知るに従い、参禅という跡形もないんです、いったい何を求めて来たというに、求め来たったそこにあるんです、因果無人です、だれに自分を証明して見せることも、いったんは要らないんです、記述なしを知ること、科学ほか一神教派生哲学宗教の、まったく知らない自然なんです、のこっと入って消えちまうんです。これ即ち参じ飽きてはじめて知るところ、子房という人大功あって漢の高帝これに報いんとしたが断ったという故事、わかりますか、せっかく大法を得て、森羅万象と同じ、魚や鳥や花や雲の大宇宙、いえようやく地球のお仲間入りなんです、人にひけらかすごときけちなもんじゃないんです、滄浪の水清めば吾纓を濯ふべく、滄浪の水濁れば吾が足を洗ふべし、漁父の賦というにあるそうです、雪降れば雪晴るれば空と、どうですかほかの暮らしようがないんですよ、涙流れ放題鼻水万般てね。
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by tozanji | 2005-02-17 07:28 | 従容録 宏智の頌古

第十一則 雲門両病

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 衆に示して云く、無身の人疾病を患ひ、無手の人薬を合す。無口の人服食し、無受の人安楽なり、且らく道へ膏盲の疾、如何が調理せん。

挙す、雲門大師云く、光透脱せざれば、両般の病有り。一切処明ならず、面前物有る是れ一つ。一切の法空を透得するも、隠隠地に箇の物有るに似て相似たり。亦是れ光透脱せざるなり。又た法身にも亦両般の病有り。法身に到ることを得るも、法執忘ぜず己見猶を存するが為に、法身辺に堕在す是れ一つ。直饒ひ透得するも放過せば即ち不可なり。子細に点検し将ち来たれば、甚麼の気息か有らんと云ふ、是れ亦病なり。

 雲門大師雲門文偃、青原下六世雪峰義存の嗣、大趙州と並び禅門の双璧、などいうと舌引っこ抜かれそうです。雲門一語するに常に三あり、痛烈もって比類なき、雲門禅などいう別誂えする人あるがほどに、もって天下太平を図る、たといお釈迦さんも倒退三千。それがこの則はまことにもって懇切丁寧、そうか雲門も足を圧折していっぺんに悟ったというとは別、苦労しているなどいうのは我田引水か。
 こりゃしかしこういうことあるんです、まずもって無眼耳鼻舌身意を知る、もとかくの如くあるを知る。門扉に足をつぶして忍苦の声を発し、痛みいずれの処にかあると、自分というものがまったく失せてしまう、いっぺんに悟ることは、そりゃお釈迦さんの示す、仏法仏教一目瞭然なんです。
 さっぱりちんぷんかんぷんだったものが、ただあるがようです。不思議、思議にあずからず。でもって納まり切るはずが、そうはいかなかったりする。
 彼岸に渡ったものが此岸に舞い戻る、そんなことあるはずもないのに、たとい云々するんです、天下取ったとか仏教かくの如しとやる。これ彼岸かこっちの岸か、あほんだれ死ぬまでやっとれってやつです。
 雲門大師懇切に示す、面前物あるとは、俗人みなそうです、有ると無いとが表裏を別つんです、物心つく子が掌を見る、指と指の間のどっちがどっちだ、動くのは自分だからというふうです、死ぬ時に手鏡といって同じことをやる。
 有ると無いという作り物を習うんです。でもって物あるにしたがい迷う、自分という架空によって七転八倒、無明すなわち光透脱しないんです。これ一つ。もう一つせっかく透脱しながら、はたしてどうかと省みずにはいられない、自分という無心を標準にせず、仏教仏法なるものを標準にする、うまく行くはずがない。
 なぜか、しゃばっけが捨てられないんです、大苦労して得た仏教を売らんかなですか、そんなんと引き換えに本来心を得て下さい、これ大力量、たとい雲門の法もいらんてえばそりゃいらんのですよ。

頌に云く、森羅万象崢榮に許す、透脱無方なるも眼晴を礙ふ。彼の門庭を掃って誰か力有る。人の胸次に隠れて自ずから情を成す。船は野渡の秋を涵して碧なるに横たへ、棹は蘆花の雪を照らして明なるに入る。串錦の老漁市に就かんことを懐ひ、飄飄として一葉浪頭に行く。

 崢えい山に栄は山の高く聳える、峨峨たるさま。許すはまかす、ものみなあるがまんまというと、妄想色眼がねのまんまと思い違えて、平家なり太平記には月も見ずという、次第情堕を省みぬ、それじゃしょうがない。月は月花はむかしの花なれど見るもののものになりにけるかな。透脱無方を知ってされども法は忘れざりけれと、眼晴を礙ふるんです。
 生死まったく変わらぬ、死んだあともこのとおり永遠にこうあるという、兀地に礙へらるとはこれ。彼の門庭をはらってですか、いいかげんにしとけってじゃなくアッハッハ、彼が自分のよこしまであったりして、ではとっぱらったら彼岸ですか。
 いえそんなこんなないんです、たしかに身心失せてものみなの様子、なをかつ釈然としないということがあります、これをどうかしようとする、すったもんだの失せる時節、どこまで行ったって、いいですかそいつを投げ与える、捨てるしかないんです。
 よく死んだあとどうなると聞いてみる、とやこう答える、なにさ、おまえ死んだら三日で忘れられるよ、なをかつものみなこのとおり、はいそれを悟りという、と云えばきょとんとしている。自分という情実=世間または仏教だったりします、それを去るんです、生死同じを愛といったら、仏の顰蹙を買いますか、なに微妙幽玄と云ったって、くそくらえです。
 あるいはどんな情実も一瞬続かないんです、アッハッハかくして万松老人水墨画ですか、けっこうよく出来なんですが、これ風景に描いては駄目ですよ、取り付く島もないんです。


画像の出典  2004年・津軽/方丈の旅の記録より
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by tozanji | 2005-02-16 02:26 | 従容録 宏智の頌古

第十則 台山婆子

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 衆に示して云く、収有り放有り、干木身に随ふ。能殺能活権衡手に在り。塵労魔外尽く指呼に付す。大地山河皆戯具と成る。且らく道へ是れ甚麼の境界ぞ。

挙す、台山路上一婆子有り。凡そ僧有り台山の路什麼の処に向かって去ると問えば、婆云く驀直去。僧わずかに行く。婆云く、好箇の阿師又恁麼にし去れり。僧趙州に挙示す。州云く、待て与めに勘過せん。州亦た前の如く問う。来日に至って上堂云く、我汝が為に婆子を勘破し了れり。

 収あり放ありと云えば、二あり四ありインド式弁証法やるよりも、人心のありようはもとそんなふうです、即ち観察したって始まらんです。でもってまったく手放すと、干木身にしたがう、干木とは人形使いが人形をあやつる糸をくっつけた竿です、もと活殺自在、権衡むかしあった分銅計りの目盛り棹です、自ずからに配慮あるんです、アッハッハ塵労魔外指呼の間としつこいね。もう一つくっついて、大地山河皆おもちゃになってしまう、でもここに到ってなみの人間にはできないことがわかるでしょう、台山婆子ただのばあさんに引っかかるのは、並みの人間じゃないんです。
 台山は五台山という文殊菩薩出現の霊山だそうです。台山へ行くにはどう行ったらいいと聞く、まっすぐ行け、わずかに行くと、おうおういい坊さんじゃな、まっすぐ行くぜえてなもんです。俗人もぎりぎり修行底も、このばあさんにぶった切られる、さあどう切られる、真っ二つですか、切られたのもわからんですか。
 切られる身心なければ、切られようがないっていっているうちはそりゃだめですよ、僧趙州に挙示す、あの婆子はたしてどうだ、眼があるのか、どうだというわけです。すっきりただのばばあかそうでないか、こりゃ大問題です。問題にもならんじゃそりゃなんもならんです、他山の石です。よしわしが勘破して来てやろう、趙州行って、五台山の路を尋ねると、同じく好箇の僧をやられちまう、でもって来日上堂汝が為にかんぱし了れりです。
 さあどうですか、ちったあなんか云ってくれると思ったのに、ですか。アッハッハこれ物の見事に正解なんですよ。

頌に云く、年老いて精と成る、謬って伝へず。趙州古仏南泉に嗣ぐ。枯亀命を喪ふことは図象に因る。良駟追風も纏索に累はさる。勘破了老婆禅、人前に説向すれば銭に直たらず。

 年老いて精となるはなんか俗流ですが、趙州の形容となるとどっかぴったり、実に謬たずは大趙州の為にありと。精とは人間の形骸まったく落ちてしかも仏ありですか、行くも帰るも跡絶えてされども法は忘れざりけれ、云うは易く行なうは難しです。
 大道通長安、馬を渡し驢を渡す、あやまって伝えず、うっふう他に言い種なし。十八歳出家してしばらく悟があった、しかも南泉に聞く、どうにもこうにも行かないんです、どうしたらよいか、泉答えて云く、知にもあらず無知にもあらず、太虚の洞然としてこのとおりかくの如しと示す。由来六十歳再行脚、我より勝れる者には、たとい三歳の童子と雖もこれに師事し、我より劣れる者には、たとい百歳の老翁と雖もこれに示すといって、百二十歳まで生きた。
 枯亀は吉凶を占う図象が現れていたので殺されたという、荘子外物篇の故事、そうなんですよ、ちらともある分でしてやられる、相見という面白いんです、なんにもなけりゃ相手になっちまう、そうでなけりゃ自分倒れなんです。ばあさにもしてやられる。良駟追風もそりゃ、馬走れてなもんで鞭の影がある、この従容録の解説も、とかく悟り仏の上には上なんてやってるから、変なこと云っている、平等差別などいう貧相ほかです。
 そうではないんですよ、勘破了老婆は、無印象なんです、しかもあれはああいうやつとそっくりしている、映画を見る、画面が自分になっちゃう、なんにもないんですけれど、人の批評とやこうを喝するんです、そりゃおまえだよというが如くに。銭になるほどは信用できんです、ただですよ、早く出世間して下さい、でないと話も出来んです。


画像の出典  2004年・津軽/方丈の旅の記録より
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by tozanji | 2005-02-15 00:24 | 従容録 宏智の頌古

第九則 南泉斬猫

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 衆に示して云く、滄海をテキ翻すれば、大地塵の如くに飛び、白雲を喝散すれば、虚空粉のごとくに砕く、厳に正令を行ずるも猶ほ是れ半提、大用全く彰らはる如何が設説せん。

挙す、南泉一日東西の両堂猫児を争う。南泉見て遂に提起して云く、道ひ得ば即ち斬らじ。衆無対。泉猫児を斬却して両断と為す。泉復た前話を挙して趙州に問ふ。州便ち草鞋を脱して頭上に戴いて出ず。泉云く、子若し在らば恰かも猫児を救い得ん。

 テキは足に易てきほん足で蹴ってひっくり返す、まあこのとおりに大地微塵虚空粉砕ですか、ついの今まで自縄自縛のがんじがらめを、ぶった切りぶち抜いて清々の虚空なんですが、虚空といってなをおっかぶさっているものを粉砕する、これ大言壮語みたいですが、実感としてこんなふうです。でもまだ半提、半分だと云うんです。全提正令の時如何。大用はだいゆうと読む、用ようとゆうと読みがあって、ゆうと作動するふうです。大用現前軌則を存せずなど。南泉普願、馬祖道一の嗣、趙州真際大師禅宗門ナンバー一といわれるそのお師匠さん。
 東西両堂は、今でも東序西序と別れて、法堂に並びます、そうしたほうが便がよかったというだけのこと。まあこれは禅堂でしょう、猫が迷い込んで来た、猫に仏性ありやまたなしやですか、東西に別れて喧々がくがくやっておった。だれあって悟りたい、仏たるを覚したいんです、その辺のあひ争うです。南泉これを見て、提起猫をとっつかまえてもって、道いえば即ち斬らず、云ってみろっていうんです。
 一応機は熟したと思ったんでしょう、だのになんにも云わん、仕方なし猫ぶった斬った。夕方他出から帰って来た趙州にこれを挙す、再来半文銭というやつが、残念であったんです。趙州ぞうりを脱いで頭にのっけて出て行く。ああおまえさへいりゃ猫切らずにすんだものを、というわけです。
 どうですか半分を望んで猫を切り、大用現前、なんで頭の上に草履をってわかりますかこれ。わかったら三十棒わからんも三十棒、ああわかった頭上に頭を按ず、世の中どろんまみれの草履を云々、アッハッハこいつもついでに三十棒。猫を斬る。
 なんていう野蛮なという、うっふっふ、てめえの腕ぶった斬って差し出したやつもいたんです、云えと云われて云えるか、くだくだ能書きしてないで、大用現前如何が施設せん、さあ思い切って捨身施虎です。物まねじゃないんです。

頌に云く、両堂の雲水尽く紛弩す、王老師能く正邪を験む。利刀斬断して倶に像を亡ず。千古人をして作家を愛せしむ。此の道未だ喪びず。知音嘉みす可し。山を鑿って海に透すことは唯り大禹を尊とす。石を錬って天を補ふことは独り女カを賢とす。趙州老生涯有り、草鞋頭に戴いて些些に較れり。異中来や還って明鑑。只だ箇の真金沙に混ぜず。

 なんとまあ長い頌ですな、紛は糸の乱れる、弩は弓ではなく手、手を引っ張りあうこと、この事主義主張に堕すありさま。見りゃわかるってのをさ、群盲象を撫でるんです。王老師は南泉の俗姓が王氏です、正邪を験むとは、どうですか、おまえがいいおまえは悪いじゃないんでしょう、利刀裁断、ともに失うんです、これできなくっちゃそりゃ仏と云はれんです、いたずらに紛糾するっきりです。
 幸いにこの道未だ滅びず、はい今もなを確固たるもんですよ、まったく納まるんです。これを愛す千古の知音よみすべしです、一箇半箇妄を開くことは、多数決民主主義じゃないです、もとはじめっからのありよう、帰家穏坐。
 中国は大河を収める=王という伝えあって、禹は黄河の氾濫を治めて大功があった、南泉に比する、なにさまた大仰な。じょかカは女に過のつくりです、戦禍によって折れた天柱を補って、天の四極を立てた賢人ですとさ。趙州に当てます。猫斬った不始末をおさめたわけです。
 生涯あり、はいこの則はこれに参じて下さい。俗流生涯座右の銘とは関係ないですよ。生涯ありなんのあとかたもなし。異中来や却って明鑑、正中来や却って明鑑、真金沙に混ずという、成句になっていてよく使います。でもこれ沙に混ぜず。
 頭の上に草鞋のっけてなど、だれあってできるこっちゃない、救い得て妙。趙州のあとくっついて行ったって、些些にもあたらんですよ、些細というたいしたもんだ、舌を巻くと使う、禅門常套句ですか。


画像の出典  2004年・津軽/方丈の旅の記録より
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by tozanji | 2005-02-14 00:00 | 従容録 宏智の頌古

第八則 百丈野狐

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 衆に示して云く、箇の元字脚を記して心に在けば、地獄に入ること箭の射るが如し。一点の野狐涎、嚥下すれば三十年吐不出。是れ西天の令厳なるにあらず、只だガイ郎の業重きが為なり。曾て忤犯の者有りや。

挙す、百丈上堂常に一老人有って法を聴き、衆に随って散じ去る。一日去らず。丈乃ち問う、立つ者は何人ぞ。老人云く、某甲過去迦葉仏の時に於て、曾て此の山に住す。学人有っりて問ふ、大修行底の人還って因果に落つるや也た無しや。佗に対して道く不落因果と。野狐身に堕すること五百生、今請う和尚一転語を代れ。丈云く不昧因果。老人言下に於て大悟す。

 元の字の脚は乙であるという、乙は一に通ずるゆえに一点心、むねに置きという、ややこしいやつ。一点、座右の銘などいって世間の人珍重のところですか、地獄に入ること矢の如しに気がつかない、すなわち傍迷惑、あるいは自分を損こねて、ただもう馬鹿ったいだけです。これ、だからの人ですか、虎の威を仮る狐ですか、はいあなたも例外なく。
 一つでなく三つ四つの曖昧のほうが罪なく、だがしかし一つの方が悟りに到る道。
一転の野狐涎嚥下すれば三十年吐不出は、だれあって省みるにいいです、なくて七癖と同じように、人には丸見え、自分にだけ見えないなにかしら、たとい欠陥も三十年五百生やるんですよ。
 ガイは豈に犬、がい郎馬鹿もの。痴人すなわち自業自得。さあ思い当たって下さいよ。
 いえさ、仏祖の教えをなぞらえて、少しはましにらしくなったといっている、たいしたことないです、そいつを一枚も二枚もぶち破って、しかもなを、どうしようもないという人は、はてどうしてかと省みるんです。そうかおれはと、思い当たる分をもって、一片でも二片でも免れるんです。坐ってりゃなんとかなるなんて思ってりゃ、そりゃ待百年河清ですよ。しかもなをかつ坐に聞くよりないんです。

 不落因果不昧因果古来この則は失敗作だの云々、不落も不昧もだからどうだと云うんですが、ここはこの通りに確かめて下さい。大修行底の人因果に落ちずは、そりゃ五百生野狐身に落ちるんです。俗に野狐禅と云われる。我田引水です。どうしても修行悟りを勘定に入れる、一人で坐っている人でこれを免れる人皆無といっていいです、必ずどっかでてめえの取り分する、頭なでなでです。するとやることがおおざっぱになる、世間事ないがしろにするんです、オームのようにサリン撒き散らすんです、しかもそれに気がつかない、よくないです。これをぜに儲けの道、アッハッハ不落因果ですか。そうじゃないんです、金持ちになる道じゃないです、首くくる縄もなし年の暮れの道です。いよいよものごとずばりそのまんまです。因果を昧まさず、因果に昧まされず、あるがあるようにしかない、いいですか大修行底これ、百丈にあらずんばこれを知らずです。生半可じゃ耐えられんのです、たいていどっか自分に甘いんです。
 なに身も蓋もない、自分ちらともありゃそれをなでなで、こりゃどうしようもないです、実に不昧因果というほどにはっきりしている、さあこれに参じて下さい。

頌に云く、一尺の水一丈の波、五百生前奈何ともせず、不落不昧商量せり。依然として撞入す葛藤窟。阿呵呵。会すや。若し是れ汝、灑灑落落たらば、妨げず我がたた和和。神歌社舞自ら曲を成す。手をその間に拍して哩羅を唱ふ。

 因果歴然ということはこれ寸分も違わないんです、だからといって因果必然を云い因果のありようを我がもの顔にする、そりゃできぬ相談です、因果という、だからという俗流はうさんくさいです、まずもってこれを離れて下さい。因果に任せようとも否と云うとも因果の中。これを一尺の水一丈の波とぶち破ったのです。
 五百生前いかんが知る、だからどうだと商量すること、不落不昧なをかつかくの如し、阿呵呵というわけです、葛藤か、かは屈の代わりに巣、阿呵呵はかか大笑ですか、アッハッハどっか浮かれている、あんまり感心せんですかな。どのみち葛藤そのもの、会すやという、会せずという、不落不昧も虫が木をかじっているしゃしゃらくらく、さまたげず我がたたわわと断ってる辺りがかわいいですか。
 たは多に口、舌頭定まらず、たたわわという、赤ん坊みたいに云うこと、哩らのらは羅に口、歌にそえる口拍子を云う、神歌社舞という、村人よったくって卑猥からなつかしいのからやったわけです。歌ったり踊ったり、そりゃ楽しいですな、でもってそればっかりってわけには行かない。
 でも今の人歌も歌えない、ただもうだらしない、あいまいすけべ面して泣くも笑うもない。情けないです、因果必然からやりなおさんといかん。仏教以前ですが、まず坐ることから始めりゃいいです、世間=自分を離れることから。


画像の出典  2004年・津軽/方丈の旅の記録より
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by tozanji | 2005-02-13 19:20 | 従容録 宏智の頌古

第七則 薬山陞坐

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 衆に示して云く、眼耳鼻舌各一能有って、眉毛は上に在り。士農工商各一務に帰して、拙者常に閑なり。本分の宗旨如何が施設せん。

挙す、薬山久しく陞坐せず。院主白して云く、大衆久しく示誨を思ふ、請ふ和尚、衆の為に説法し玉へ。山、鐘を打たしむ。、衆方に集まる。山陞坐、良久、便ち下座して方丈に帰る。主後へに随って問ふ。和尚適来、衆の為に説法せんことを許す、云何(いかん)ぞ一言を垂れざる。山云く、経に経師あり、論に論師あり、争でか老僧を怪しみ得ん。

 こりゃまあなんともすばらしいです、正月に薬山仏に相見す、珍重この上なし、云うことなしです。われら末派どもの思い上がりを打つこと三千、謹んでこれを受く。
薬山惟儼、石頭希遷の嗣、絳州の人姓は韓氏、十七歳出家し、ついで、大丈夫まさに法を離れて自浄なるべし、あに屑々の事をよくして布巾に細行せんや、行事綿密布きれに文字を書く、そんなことで一生を終わる、なんたる情けないっていうんです、大丈夫まさに自ずから。経に経師あり論に論師あり云々と見て下さい、石頭希遷の室に入って大法を継ぐことまさにしかり。無無明亦無無明尽、実にかくのごとく、眼耳鼻舌各一能あって、眉毛は上にあり、どうですか経師論師の類は、そんなもの不要ですか、だいたいどうしようもない不都合、サリン撒いてぶっ殺したほうが世のためですか、就中仏祖師方、これを継ぐは経師論師の何百生をも卒業するんです、とやこうひっかかりとっかかりを免れる、他の夢にもみない広大無辺です、なおかつこの言あり、しかもいかでか老僧を怪しみ得んと、良久下座。八十有余、法堂倒れると叫んで、大衆出てて、柱を支え壁を押さえるを見て、子、我が意を得せずと云って、示寂すとあります。また太守来たり法を問うに、
「面を見るよりは、名を聞いておった方がよかった。」
 と云った、見ると聞くじゃ大違いってわけです、師、
「太守。」
 と呼ぶ、太守応諾すれば、
「なんぞ耳を貴とんで、目を賤しむことを。」
 と。太守謝して法を問う、
「如何なるか是れ道。」
 師手を以て上下を指して云く、
「会すや。」
「不会。」
「雲は天に在り、水は瓶にあり。」
 太守欣恢作礼して、偈を以て云く、
「身形を練り得て鶴形に似たり、千株の松下両函の経、我来て法を問えば余説無し、雲は青天に在り、水は瓶に在り。」

頌に云く、癡児意を刻む止啼銭、良駟追風、影鞭を顧みる、雲、長空を払ふて月に巣くふ鶴、寒清骨に入って眠りを成さず。

 癡児は痴児に同じですか、わきまえのない幼児、止啼銭、啼は泣くに同じ、子供が泣くのをだまして止めるための木の葉の銭、ねはん経にありと。どうですか仏=止啼銭ですか、お経ほか布巾細行が止啼銭ですか、殺し文句の世界を脱して、無為の真人面門に現ずるもなを止啼銭ですか、そうですよまさに気がつく、自ずから以外にないです。
 なにか云って貰いたいって、うっふっふ。
 良駟良馬と同じ、良馬の鞭影を見て走る、鈍馬は骨に届くまでぶっ叩かれてようやくという、参禅のこれありよう、各々思い当たるところです。どうにもこうにも自分が自分と相撲を取っている、そんな馬鹿なことできっこない、あれほんにそうだといって良駟追風、坐禅が坐禅になります。すると言も不言も、まさに行くんです、仏向上事、アッハッハようやくさまになる、昨日の自分は今日の自分じゃないんです、これただの人。すなわち雲長空を払うとき月に巣食う鶴ですか、わずかにこれと知れるあり、これ寒清骨に入って眠りを成さず、身心ともになしがなんでとか、雲も鶴もないじゃないかなど、わかったふうなこと云わない、詩人の詞として見りゃいいです、取り付く島もない本来本当という、世間どのような取扱にもよらんです、捨てて捨てて捨てきって行くだけです。


画像の出典  2004年・津軽/方丈の旅の記録より
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by tozanji | 2005-02-12 00:00 | 従容録 宏智の頌古

第六則 馬祖白黒

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 衆に示して云く、口を開き得ざる時、無舌の人語ることを解す。脚を擡げ起さざる処、無足の人行くことを解す。若し也た他の殻中に落ちて、句下に死在せば、豈に自由の分有らんや。四山相逼る時、如何が透達せん。

挙す、僧馬大師に問う、四句を離れ百非を絶して、請ふ師某甲に西来意を直指せよ。
大師云く、我今日労倦す、汝が為に説くこと能はず、智蔵に問取し去れ。僧蔵に問ふ。蔵云く、何ぞ和尚に問はざる。僧云く、和尚来たって問はしむ。蔵云く、我今日頭痛す、汝が為に説くこと能はず、海兄に問取し去れ。僧海に問ふ。海云く我這裏に到りて却って不会。僧大師に挙示す。大師云く、蔵頭白、海兄黒。

 どうして口を開かない、どうして足をもたげないって、これもっとも親切、手を添え足を添えして損なう現実、四山あい迫るとき、ようやく一句を用いることを得、これたいてい人間世の常ですか、四山生老病死苦というが、別段なんであってもいい、切羽詰まると開けるんです。参禅に来る人、坐禅というものをなんとか手に入れたいというほどの人、やたら手間暇かかるです、事業上も心身症でも、藁にもすがる思いの必死が、半日もすればぽっかり開ける。それっきりになったりは残念ですが、無足の人無舌の人これなんぞ、いいですか手段あっては手段倒れ。殻はルじゃなく弓で、弓を引く備えだそうで、敵の計略にかかって自由を失う意、句下に死在す、せっかく時熟してもう一押しが、そうかって納得しちゃったらまったくの無駄、如何が透達せん、です。

 僧馬大師に問う、馬大師馬祖同一南嶽懐譲の嗣、容貌奇異にして牛行虎視舌を引きて鼻をすぐとある、どういうこったか中国人には大人気の人、そりゃ仏祖師として申し分なし。海兄は百丈懐海、西堂智蔵の法兄であるから海兄と呼んだ。四句百非は外道論争の形式、一、異、有、無を四句、四句おのおのに四句あり、更に三世に約し、已起未起の二に約し九十六に、もとの四句を加えて百句だとさ、すなわち云うことはすべて尽くしたんです、その上で祖師西来意、達磨さんはなぜやって来たかと問う。
馬大師今日はくたびれた、答えられんで智蔵に問えという、智蔵に聞いたら、和尚に問えばいいじゃないか、いえ和尚はこっちへ来いって云った、そうかあ、わしちょっと頭痛がするで、海兄に問えという。海兄に問えば、おれはそんなたいへんなこたわからんと云った。仕方ない馬大師に挙似、もってくと和尚、智蔵の頭は白、海兄の頭は黒だってさ。
 なんだ同じこと解説しちまった、これ三人親切、これしか方法がないって思って下さい、ぶんなぐり喝するも手段、払子をふるおうがとっつきはっつきする、どうしようもないとはアッハッハあなたそのもの。もとっこ達磨さんです、達磨さんは達磨さんを知らんのですよ、黒と白とどっちがどうって、老師に初相見のころ、そう云われて、はてなあこのじっさもうろくしたんかと思った、茶碗と急須どっちが大きい、そりゃ急須に決まってる、はてな。

頌に云く、薬の病と作る、前聖に鑑がむ。病の医と作る、必ずや其れ誰そ。白頭黒頭、克家の子、有句無句、裁流の機、堂々として坐断す舌頭の路、応さに笑ふべし毘耶の老古錐。

 これより人天薬病となって、薬が病のもととなるのは、前聖にかんがみるから、というのは参禅者みな思い当たるところです、相応の悟があって鑑覚の病に苦しむ、病がかえって医となるとき、これ何人ぞです、苦しみ徒労する自分がそっくり失せて行くんです、まあ死ぬるは一瞬ですが、一瞬の死がなおもとっつく、アッハッハなかなかなもんです、まさに自分の取り分ないんですよ、わかってもわかってもですか、まあまあおやんなさい。克家の子とは、家をよく興す程の孝子と、百丈智蔵を示す、裁は衣ではなく隹です、祖師西来意の、いえ答えを知るとは如何、よくよく真正面して下さい、まさに笑うべしは、そりゃこの一段笑っちまうんですが、毘耶は維摩居士のこと、毘耶離城に住む、老古錐は、使いふるして錐の先が丸くなっている、文学でいえば徒然草ですか、一番よく切れるんですがね、まずは馬大師のこってす。


画像の出典  2004年・津軽/方丈の旅の記録より
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by tozanji | 2005-02-11 16:25 | 従容録 宏智の頌古

第五則 青原米価

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 衆に示して云く、闍提肉を割きて親に供ずるも、孝子の伝に入らず、調達山を推して仏を圧するも、豈に忽雷鳴るを怕れんや。荊棘林を過得し、栴檀林を斫倒して、直きに年窮歳尽を待て、旧きに依って孟春猶ほ寒し、仏の法身甚麼の処にか在る。

挙す、僧清源に問う、如何なるか是れ仏法の大意。源云く、盧陵の米作麼の価ぞ。

 闍提、須闍太子は賊に追われて逃亡し、食い物がなくなって、自分の肉を裂いて父母に供したという、大恩経にあり、孝子の伝に入らずと。そりゃまあ身体八腑これを父母に受くが、別段のことは思わず、坐中のこととしてみるがいい。自分というもとないものをとやこうとやるでしょう、是非善悪思想分別ぎりぎり、ついに尽きるまでとかいって、十人が十人要でもないことをする。ついにぶち抜くという、これを肉を割きて親に供ずるもといったんです。なるほどと思います。まったくん何の役にも立たん、孝子の伝に入らんです。ということはあとから知るんですがね。荊棘林を通過する、自縄自縛の縄目です、しばるのがいなきゃないってやつです。
 調達、提婆達多は増阿含経にあり、悪心を起こし山を押し仏を圧す、金剛力士、金剛杵をもって遙にこれを払う、砕石がふって仏の足を傷つける、仏身血を出だすは五逆罪の一、忽ち雷うってその身を引き裂くと。ついに身心ともになし、陰界衆縁を免れると、仏という標準です、もと仏が仏の標準を仮るという不都合、よって仏を殺し祖を忘れるんです。雷ごとき恐れておったらいかん、恐れわななくのを面と向かいあう、なんによれです。栴檀林という仏の集団です、その住人たるやってないんですよってわけです、もとそんな架空はないです。すると取り付く島もないです、年窮歳尽、首くくる縄もなし年の暮れです、ようやく解きはなたれるんです、仏教のぶの字もないです、帰依心これに勝れるはなし、菩提の心与麼に長ず。やたら宗門人が仏教のぶの字もないとは違う。

 清源は原本が間違ったらしい青原行思和尚、一宿覚と云われる、六祖の法を継ぐ、因に僧問う、如何なるか是れ仏法の大意、どうですか虎の威を仮る狐、でもって何をなすという。青原云く、盧陵の米の値段は幾らだ、と聞く。米は主食だからとか、たまたま話題になったとかじゃないんです、腹蔵露呈取り付く島もないんですよ、宗門坊主の語呂会わせでもなく、いわんや世間でたらめじゃないんです、人を救うんですよけつの穴まで。

頌に云く、太平の治業に象無し、野老の家風至淳なり、只管村歌社飲、那んぞ舜徳堯仁を知らん。

 五皇賢帝の時代という、中国理想の帝王はだれもそのあるを知らず、人民鼓腹撃壌して酒を飲み村歌す、それほどに舜の徳堯の仁が行き渡っておったという、まさにそりゃそうあるべきなんですが、かつてそんな世が存在したためしはなく、世界中のニュースを目の当たりする今日、まったく人間どものなすことどうしようもなし、練炭火鉢抱えるほうが正解かと思うほどに。アッハッハ自殺志願者に告ぐ、われに生きながら死ぬ方法あり、大死一番して鼓腹撃壌は、歓喜無我夢中ですよ。だってさ死んだやつは二度と死なんです、ないものは傷つかぬ、これを無心という。花のように平和を如来です。太平の治業にかたち無し、青原米価をそりゃどうしても手に入れて下さい。野老の家風、わっはっはそのろくでもないことは、けちで貪欲滑稽長いものには巻かれろ、田舎坊主やってりゃ毎日付き合って、はーい実に楽しくやっております、時に怒鳴るけんどもさ。只管打坐ただうち坐る、ウフッ村歌がモーツアルトだったり、そりゃ朝に晩に坐っておりますよ、ほとんどこの世に用無しってぐらいにさ。
 どうしてここに救いがあるのにって、そりゃ思うには思います。

画像の出典  2004年・津軽/方丈の旅の記録より
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by tozanji | 2005-02-10 09:09 | 従容録 宏智の頌古

第四則 世尊指地

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 衆に示して云く、一塵纔かに挙ぐれば大地全く収まる。疋馬単槍、彊を開き土を展ぶることは、処に随って主と作り、縁に遇うて宗に即する底なるべし、是れ甚麼人ぞ。

挙す、世尊衆と行く次いで、手を以て地を指して云く、此の処宜しく梵刹を建つべし。帝釈一茎草を将って地上に挿して云く、梵刹を建つること已に竟んぬ。世尊微笑す。

 一塵わずかに挙って大地まったく収まるとは、実に仏道修行のありさまです、ついでこの則の事跡を云ったんですが、我と我が身心を如何せん、どうしたらいいか、このまんまでは、にっちもさっちも行かんていうことあって、仏門を叩くんです。たいていは七転八倒の末にです。わずか一微塵がなかなかどうして、でもついに悟り終わる。大地全く収まると元の木阿弥です。意あれば三つのがき意なければ父母未生前です。これたしかに得るものなしもとっこですが、彊つよい大変な勢力を云うんですが、従前の妄想自分=自分という面の皮=世間の重囲をぶち破って、土を展ぶる平らかに収まるとは、未だかつて知らず、見たことも聞いたこともない世界なんです。処に随って主となり縁にあうて宗となる、自由自在ものみな我です、坐っていてあれこれ手続きなく、ものみなまったく失せて済々は、なんともこれ形容のしようがないです。たといどんな苦労も厭わんです、生涯わしのようなおしまいだっても、一瞬かけ
がえがないんです。是れ何人ぞ、はい答えはないんです。

 お釈迦さまは四十年間托鉢行脚して一処不定住です、どうにも及びもつかぬ、頭の下がる所以です、あるときはどんなに梵刹、修行道場みなの拠る処が欲しかったでしょう、祇園精舎という、寄進を受けた道場があったですが、東奔西走の年月が長かった、そういう時の一節と思って下さい。ここに梵刹を建てようという、帝釈天が、あるいは帝釈という一弟子でいいです、一茎の草をとってそこへ挿し、はい建て終わりましたというんです、世尊微笑す。涙溢れるっきりでコメントのしようがありません。
 これ仏弟子の本来、ものみなの本来です。
頌に云く、百草頭上無辺の春、手に信せ拈じ来て用ひ得て親し、丈六の金身功徳聚、等閑りに手を携へて紅塵に入る、塵中能く主と作る、化外自ら来賓す、触処生涯分に随ひて足る、未だ嫌はず伎倆の人に如かざることを。

 百草頭上草ぼうぼうの春ですか、手にまかせ拈じ来て、ひょいととって用いえて親しいんです、一茎草あるときは丈六の金身、如来大仏となり、丈六の金身あるときは一木一草です、そんなことわかっちゃいるたって、たいていいつだって固執したぶらかされ、つまずき転んでひどいめに会うんです、葦の髄から天井を覗き七転八倒ですか、だからといって、仏の示すところをもって、かくの如しと習わしの、なおざりに紅塵に入り、みんな仲良くとか、しかも主中の主という思い込みは、そりゃ噴飯ものですが、思い込みでない本来といって、どこまで行ったって油断は禁物。わしについて云えばこれ生涯の駄作、どこまで行ったってめちゃんこどうしようもないです。仏だのいって化外自ずから来賓す、いい子ちゃんしてられんです、どうしようもこうしようもないもこれ形容です、ふん死ぬまで、いやさ死んでも同じく、触処生涯分に随うつもりなんかない、技量不足なら喧嘩、アッハッハはいお粗末。


画像の出典  2004年・津軽 中尊寺/方丈の旅の記録より
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by tozanji | 2005-02-09 08:55 | 従容録 宏智の頌古