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転法輪

転法輪=一神教の信ずれば救われる、地獄へ落ちるなどの線型ではないんです、思想の延長上にはない、それ故の法輪です。転ずるとは改心ではない、コペルニクス的転回ではないところを見て下さい。あらゆる仏教論には拠らない、学者知識をもっては転法輪なし、他なしにこうあるんです。

 それじゃ仏教とは何ですか。
 あなた自身のことですよ、あなた自身を忘れることです。すると仏教の他はなし。仏。


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画像の出典  良寛座像
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by tozanji | 2005-04-30 00:00 | ぜんごぜんご 三字

雪月花

雪月花=月は月花はむかしの花ながら見るもののものになりにけるかな。これは至道無難禅師がお悟りになったときの歌です。酒を飲み風雅に親しむとは無関係を知って下さい。いったん自己を去って始めての雪月花です、清らかと一般にいうそれは汚れと嘘です。

 自然を清らかに見るとはかつて詩人哲学者の目的であったですが。
 そういう利己主張の彼岸です、死んで死んで死にきって思いのままにするわ
ざぞよき。至道無難、ただ憎愛無ければ洞然として明白なり。生まれる以前のあなたに帰って下さい、他になんの方法もないです。

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by tozanji | 2005-04-29 00:00 | ぜんごぜんご 三字

心月輪

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心月輪=良寛さんの書にあります、はい良寛さんそのものです、月を見て大事な客を忘れ呆け、心イコール月イコール転法輪ですか。これなんぞ、生きとし生けるものかくの如し。空の雲も山水もです、そうなって始めて是。架空の論議ではないんです、はいそれを知って下さい。

 心に月を思い描くことですか。
 いいえそのまったく反対です、無心とは心がないんです、はたして月輪ありやなしや。


画像の出典 良寛座像
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by tozanji | 2005-04-28 00:00 | ぜんごぜんご 三字

正師

正師=邪師にも惑わされ、正師にも惑わされ。ですがなんといっても正師に就くこと先決、至った人はこれと云い、至らぬ人はあれという、よく耳を澄ませて聞いて下さい。正師に会いながらそっぽを向く人、なんというまた不都合。

 仏教について知ったり研究したりすることは、役に立たんですか。
 百害あって一利なしというべきですか、独りでなそうには、単純このうえないこれが、難中の難です。お釈迦さまの大力量は因に、我未だしと真正直に知ることでした。

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画像の出典  東山寺の蔵書より
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by tozanji | 2005-04-27 00:00 | ぜんごぜんご 二字

見性

見性=直指人身見性成仏という、自分を知ることは、自分をまったく観察しないんです、観察する自分もない。求めるについに不可得、見性とはこれ。

 自分の性質というのと関係があるんですか。
 ないです。結果は露堂々100%いえ200%顯現ですか。書き直さない書家、うっふそりゃ出来不出来あるんですが、ご当人どう転んでも大安心、さっぱり省みない様子、楽しいしおもしろいんでっす、いずれまっしん真正面。

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画像の出典  東山寺の蔵書より
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by tozanji | 2005-04-26 00:00 | ぜんごぜんご 二字

坐禅

坐禅=坐禅が坐禅になるということあって、身心ともになし、虚空が虚空を坐るんです、楽うに本来かすっともかすらんです。坐忘を標準にします。心であり精神という、ありようというそれそのもの。天地宇宙の与えたものこれ。他なしです、なるほどなあって思います。

 坐れるようになるまでが大苦労、捨身施虎、虚空という虎に食われてしまいなさいって云われますが。
 虚空というなんにもないんですよ、捨てるという死ぬよりないんです、呑却し終わるんです。

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画像の出典  東山寺の蔵書より
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by tozanji | 2005-04-25 00:00 | ぜんごぜんご 二字

公案

公案=無門関五十則碧巌録百則という、古人仏祖の行跡をたどる、公案というんですが、一つ透過すれば終わるんです、公案をはしから解いてみせて、どうだという人に、それであなたはどうなんですかと聞く、いいえといって老師に参じた人がいます。いいえと云い得る人になって下さい。

 公案を解くとはどういうことなんですか。禅問答という、くだらない遊びのようにも見えますが。
 この橋わたるべからず、真ん中を渡れという、いつでもどこでもど真ん中の自分を知る、やさしいようでけっこうこれ命がけですよ、たった一つ解いて十二分です。

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画像の出典  東山寺の蔵書より
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by tozanji | 2005-04-24 00:00 | ぜんごぜんご 二字

般若

般若=般若の智恵という、はんにゃはらみったパーラミーター彼岸に渡るという言葉です。自分というフィルターを通さずに、ものみなを見る、目から鼻へ抜けるよりは、目鼻なし、一を聞いて十を知るより、もとはじめっから答えなんです。

 般若のお面てなんであんなに恐い顔してるんですか。
 はてねえなんでなんでしょ、わかりません。

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画像の出典  東山寺の蔵書より
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by tozanji | 2005-04-23 00:00 | ぜんごぜんご 二字

回向

回向=お経のあとの回向、或いは手向けという。仏さまを荘厳する、みんなこっちを向いている。花もロウソクも水もお飾りもです。心からの供養がそっくり返って来るんです。回向です。はたしてあなたはそれに応えられるかという問題です。

 正座というのは足がしびれるし、体によくないし、足投げ出してもお経という。
 自分のことばっかり考えている、それを一瞬でも忘れること、仏さまはそう云ってはいないですか。

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画像の出典  東山寺の蔵書より
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by tozanji | 2005-04-22 00:00 | ぜんごぜんご 二字

引導

引導=むかし引導を渡した生臭坊主をぶんなぐって、そんなんじゃ死んだ娘は救われんと云った人がいた。生臭坊主一念発起して、ついに大悟するんです、生死に立ち会うことのできる人、魚屋は魚食ってみて商売しろ、坊主は死んでみてから引導をわたせ。そりゃ当たり前です。

 死んだら無に帰する、引導も仏法もいらんです、どっかそう思うんですが。
 有のまんまちっとも無にならんです、そんなの回向にならんですよ。
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画像の出典  東山寺の蔵書より
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by tozanji | 2005-04-21 00:00 | ぜんごぜんご 二字