<   2005年 12月 ( 23 )   > この月の画像一覧

第三十六章

第三十六章

第三十六祖弘道大師、石頭に参じ問いて日く、三乗十二分教は某甲粗ぼ知る。
嘗て聞く、南方に直指人身見性成仏と、実に未だ明了ならず、伏して望むらくは和尚、慈悲もて指示せんことを。頭日く、恁麼もまた得ず、不恁麼もまた得ず。恁麼不恁麼総に得ず、子作麼生。」師措くこと罔し。頭日く、子が因縁此に在らず、且らく馬大師の処に往き去れ。師命を受けて馬祖を恭礼す。すなわち前問を陳ぶ。祖日く、我れ有時は伊をして揚眉瞬目せしめ、有時は揚眉瞬目せしめず、有時は揚眉瞬目する者是、有時は揚眉瞬目する者不是なり、子作麼生。師言下に於て大悟す。便ち作礼す。祖日く、汝甚麼の道理を見て便ち作礼するや。師日く、某甲石頭の処に在りて、蚊子の鉄牛に上るが如し。祖日く、汝既に是くの如し、善く自ら護持せよ、然りと雖も汝が師は石頭なり。


師諱は惟儼、年十七歳出家し納戒す、博く経論に通じ戒律を厳持す。一日自ら嘆じて日く、大丈夫まさに法を離れて自浄なるべし。誰か能く屑屑として細行を布巾に事とせんや。首め石頭の室に到る、便ち問う、三乗十二分教は某甲ほぼ知る、乃至、善く自ら護持せよと。侍奉すること三年、一日祖問いて日く、子近日見処作麼生。師日く、皮膚脱落し尽くして唯一真実のみあり。祖日く、子が所得謂いつべし。心体に協うて四肢に布けりと。既に然り、是の如く、まさに三条のベツ(三すじの竹の皮)もて肝皮を束取して、随所に住山し去れ。
某甲またこれ何人なれば、敢えて住山せよと云うぞ。祖日く、然らずんば、未だ常に往いて住せざること有らず、未だ常に住して行かざること有らず。益さんと欲すれども益す所なく、為さんと欲すれども為す所なし。宜しく舟航となりて、久しく此に住すること無かるべし。師乃ち祖を辞して石頭に返る。石頭問いて日く、汝這裏に在りて什麼をか作す。師日く、一切為さず。頭日く、恁麼ならば即ち閑坐せり。師日く、若し閑坐せば即ち為せり。頭日く、汝道う、為さずと、箇の甚麼をか為さざる。師日く、千聖も亦識らず。頭偈を以て讃して日く、従来共に住して名を知らず、任運に相い将いて只麼に行く、古え自り上賢猶を識らず、造次の凡流豈明らむ可けんや。後に石頭垂語して日く、言語動用没交渉、師日く、言語動用に非ざるも亦没交渉。頭日く、我が這裏針箚不入。師日く、我が這裏石上に花を栽ゆるが如し。頭之を然りとす。後にレイ州の薬山に住す。海州雲会す。
皮膚脱落しつくして真実のみありという、どうですか、先ずはそうなって後の仏教ですよ、でないとどうしても仏教を求めるんです、標準が他にある、他にあってなをかつおれはとやる、心体一如にして初めて仏です、彼岸に渡る知慧です、他にはないんです。でもって薬山惟儼出てけったって出て行かない、可笑しいんです、馬祖道一といっしょに暮らしていりゃあ世界ぜんたいです、益さんと欲すれども益す所なく、為さんと欲すれども為す所なく、こんこんと云われて、宜しく舟航となりて、久しく此に住することなかるべしと云われて、のこのこ石頭のもとへ返る。どうですか、我こそは歴史に一頁などけちなこと云わんのです、じゃ水や空気と同じではないかという、恁麼なれば即ち閑坐せりというに、若し閑坐せば即ち為せり、水や空気じゃない、まさにこれ仏、打てば響くんですよ。言語動用没交渉と云えば、言語動用に非ざるも亦没交渉。
我が這裏針の頭も入らんと云うに、石上に花を栽ゆるが如しと、就中秀逸です、これは師をしのぐ。海衆雲会す。そうですね、大丈夫まさに法を離れて自浄なるべし、たれかよく屑屑として細行を布巾せんやという、この心です、あたかも蚊子の鉄牛を噛むが如くと、かつてを顧みる人、いえまさにこれ。

平常活発発の那漢、喚びて揚眉瞬目の人と作す。

法によって自縄自縛を知り、ついにこれを破り去る、活発発地を知る、喚びて揚眉瞬目の人ですか、強いて云えばという、なんにもしない、一山の主になって出て行こうともしない、木偶の坊かというと、まさにこれ他の千倍し万倍する、なんというまあとんでもない人です、わずかに皮膚散じ尽くして真実という無自覚、もと生まれたまんまのこれが消息。

c0015568_042844.jpg

[PR]
by tozanji | 2005-12-31 00:00 | 伝光録

第三十五章

第三十五章

第三十五祖無際大師青原に参ず、原問いて日く、汝甚麼の処より来る。師日く、曹溪より来る。原乃ち払子を挙して日く、曹溪に還た這箇有りや。師日く、但だ曹溪のみに非ず、西天にも亦無し。原日く、子曾て西天に到ること莫しや否や。師日く、若し到らば即ち有らん。原日く、未在更に道へ。師日く、和尚也た須らく一半を道取すべし。全く学人によること莫れ。原日く、汝に向かいて道うことを辞せず、恐らくは已後、人の承当すること無からん。師日く、承当は無きにしも非ず、人の道得すること無からん。原払子を以て打つ。
師即ち大悟す。


師諱は希遷、母初め懐妊して葷茹を喜ばず、師孩提に在りと雖も保母を煩わさず。既に冠して然諾自許す。郷民鬼神を畏れて淫祀多し。牛を殺し酒にしたしむことを常とす、師即ち往いて祀を壊ち牛を奪いて帰る。年に数十、郷老禁ずること能わず。十四歳にして初めて曹溪に参ず。六祖まさに滅を示さんとす。
師問いて日く、和尚百年の後、希遷まさに何人にか依付すべき。祖日く、尋思し去れ。祖の順世に及んで、師毎に静処に於て端坐し、寂として生を忘るが如し。時に第一座南岳懐譲問いて日く、汝が師すでに逝す、空しく坐して何かせん。師日く、我れ遺戒をうく、故に尋思するのみ。譲日く、汝に師兄あり、行思和尚という、今青原に住す。師直に青原に到る。原問いて日く、人あり嶺南に消息ありと道う。師日く、嶺南に消息ありと道わず。原日く、若し恁麼ならば大蔵小蔵何れより来たる。師日く、ことごとく這裏よりし去らん。原之を然りとす。ある時原払子を挙して日く、曹溪にまた這箇有りや。乃至師大悟す。
これ六祖大満禅師に初相見、いずれおり来る、嶺南より来る、嶺南人無仏法というのに、人には南北あり、仏性に別なしと答えるのとどうですか、物まね人まねではない、まっさらです、まっしんに当る変化、では今はどうかというに、六祖檀経の素直さがいいです、信心銘や心銘が実にいいと思います、六祖より輩出する活発発地、そりゃすばらしい時代であったです、南岳の懐譲その弟子の大趙州、慧忠国師もだれも、ほんにばくやの剣なと云う他はない、手も触れられんです、そりゃ六祖だって同じこってすが、一宿覚の青原行思ああ云えばこう云うの、石頭希遷に持って行かれないんです、いぶかし更に道へという、人に預けないで一半を道取すべし、てめえがことに首突っ込んでいない勢いです、そりゃ他なしの自身、これを未だしと知る、そりゃ自分がないからです、言句上のこっちゃないです、承当は無きに非ず、人の道得すること無からんというやつを、払子を以て打つ、わずかにかくあるべしを払う、廓然大悟。
石頭希遷のミイラを見たですよ、忘れられん大事件でした。

一提提起す百千端、毫髪未だ曾て分外に攀じず。

青原のもたげた払子です、そやつから一歩も外へ出られない様子です、人真似で一指頭を挙げても失笑を買うだけですが、さしもの希遷大和尚、ついに分外によじずですか、払子のざんばら髪、ついに打たれて消えるんですか、生死同じくこうある、ふいっと失せる、大悟というそりゃ完全無欠です、髪一重もあれば収まり切らんです、手を取り足を取りしたって、契わんときゃ契わんです、あっというまの急転直下、なんでおれは今までもたもたという、わっはっはしょうがねえやつであったなという感想、でもって実になんにもないんですよ、得失無し。ミイラになって死んでもいいってのそれですか、そりゃ用事終われば。

c0015568_005291.jpg

[PR]
by tozanji | 2005-12-30 00:00 | 伝光録

第三十四章

第三十四章

第三十四祖弘済大師曹溪の会に参ず。問いて日く、当に何の所務か即ち階級に落ちざるべき。祖日く、汝曾て甚麼か作し来たる。師日く、聖諦も亦為さず。
祖日く、何の階級にか落ちん。師日く、聖諦すら尚為さず、何の階級か之れ有らん。祖深く之を器とす。


師は幼歳にして出家し、群居して道を論ずる毎に、師はただ黙然たり。後に曹溪の法席を聞きて乃ち往きて参礼す。問いて日く、まさに何の所務か階級に落ちざるべき、乃至祖深く之を器とす。会下の学徒多しといえども師首に居す。
一日祖師に云いて日く、従上衣法ならび行ず、師資たがいに授く。衣は以て信を表し、法は乃ち心を印す。吾今人を得たり、何ぞ信ぜられざるを患えん。衣は即ち留めて山門に鎮ぜん、汝当に化を一方に分かちて断絶せしむることなかるべし。師吉州の青原山静居寺に住し、乃ち曹溪と同じく化を並べ、ついに石頭を接してより、人踵を接して来たる。もっとも大鑑の光明なりとす。後に弘済大師と謚す。
まさに何の所務か階級に落ちざるという、ついになんの所務もなく階級もなき人、これたとい何人もそうには違いないんですが、生まれついてのなんにもならぬ人います、別段他と比べて能力に劣っているというわけではなく、たいてい何やらしても抜群というほどに、しかも群居して道を論ずるに黙然たりです、すると不思議に思うんです、人の形を表わす、それはいったい何か、中途半端の不満足のまま、いえそんなこってはとうてい、いえ自分もそうせねばいけないんだろうがと、慧能もと技倆なし、どうしようもなく、聖諦すら尚為さずです、すなわち何の階級かこれあらんと、そのまっしんに坐すんです、自分という何物もない坐を知るんです、いいも悪いもないまったい安住して他なしです、浮き世というあるいは仏教という、あるいは光陰互いに行くんですか、現実とは他のどんなやつよりもまさに現実です、しかも三百六十五日夢。通達することかくの如し、学人雲集すること然り、青原行思俗に一宿覚という、曹溪に一晩宿って悟ったからと。

鳥道往来猶跡を断つ、豈玄路の階級を覓るに堪えんや。

みずとりの行くも帰るも跡絶えてされども法は忘れざりけれと、人のありようものみなのありようまさにこれ、本能の赴くままという人間傲慢を少しは思い返してみるといいかも知れません、人知という、目から鼻へ抜けるという、これ形あり、一を聞いて十を知る、これ跡型あるんです、そうではないもと目鼻なし、もとはじめからぜんたいです、階級という便宜あってあるとき用い、あるとき解消するんですか、いいえ階級のまんま無階級ですよ、解消という不自由じゃないんです、人々よく確かめて下さい、わっはっははい無責任。

c0015568_2357372.jpg

[PR]
by tozanji | 2005-12-29 00:00 | 伝光録

第三十三章

第三十三章

第三十三祖、大鑑禅師。師黄梅の碓坊に在りて服労す。大満禅師有時夜間に碓坊に入りて示して日く、米白まれりや。師日く、白まるも未だ篩ふこと有らざる在り。満杖を以て臼を打つこと三下す。師箕の米を以て三たび簸りて入室す。


師姓は盧氏、その先は范陽の人、父は武徳中に南海の新州に左遷せられ、ついに喪す。その母志を守りて養育す。長ずるに及んでもっとも貧なり、師樵して以て給す。一日薪を負いて市中に至る。客の金剛経を読むを聞き、応無所住而生其心というに到りて感悟す。師その客に問いて日く、これは何の経ぞ。客日く、これは金剛経と名く、黄梅の忍大師に得たり。師急に母に告げて、法の為に師を尋るの意を以てす。尼無尽蔵常にねはん経を読む。師しばらく聞きて、ためにその義を解説す。尼巻を取りて字を問う、師日く、字は知らず。尼驚嘆して、能はこれ有道の人なり、宜しく請して供養すべしと。人競い来たりて礼す。宝林古寺あり、師をして住せしむ、四衆雲集してにわかに宝坊となる。一日自ら念じて日く、我れ大法を求む、豈中道にしてとどまるべけんやと。師辞し去って黄梅に到り、五祖大満禅師に参謁す。祖問うて日く、何くより来る。
師日く、嶺南。祖日く、嶺南人に仏性なし。なんぞ仏を得ん。師日く、人に即ち南北あり、仏性豈然からんや。祖是れ異人なりと知りて、乃ち訶して日く、槽廠に着き去れと。能礼足して退き、碓坊に入りて杵臼の間に服労し、昼夜息まず。八月を経たり。祖付授の時至るを知りて、遂に衆に告げて日く、正法難解なり、徒らに吾言を記して持して、己が任と為すべからず、汝ら各自随意に一偈を延べよ。若し語意冥府せば則ち衣法皆付せん。時に会下七百余僧の上坐神秀、学内外に通じ、衆の宗仰する所なり。みなともに推奨して日く、もし尊秀に非ずんば、たれか敢えて之に当たらん。神秀偈を作ること終わりて、数度呈せんとして堂前に至る。心中恍惚として遍身汗流る、前後四日をへて呈することを得ず、如かず、廊下に向かいて諸著せん、他の看見するに従い、若し好しと道へば、出て礼拝して秀が作と云はん、若し不堪と道へば、まげて山中に向かいて年をへんと、この夜三更、自ら灯をとりて偈を南廊の壁に書す。身は是れ菩提樹、心は明鏡台の如し、時時に勤めて払拭せよ、塵埃を惹かしむること勿れ。祖経行してこの偈を見て、これ神秀の述ぶる所と知りて、賛嘆して日く、後代これに依りて修行せばまた勝果を得ん。各をして誦念せしむ。師碓坊にありて偈を誦するを聞きて、美なることは即ち美なり、了ずることは未だ了ぜずと、童子をして秀のかたわらに一偈を写す。菩提本樹に非ず、明鏡亦台に非ず、本来無一物、何れの処にか塵埃を惹かん。一山上下皆日う、これ実に肉身の菩薩の偈なり、内外喧すし、祖盧能が偈なりと知りて、未見性の人なりと云うて、かき消す。夜に及んでひそかに碓坊に入りて問ふて日く、米白まれりや未だしや。乃至三度び簸りて入室す。祖示して日く、諸仏出世、一大事の為の故に、機の大小に随いてこれを引導す。遂に十地三乗頓漸の旨あり、以て教門を為す。しかも無上微妙秘密円明真実の正法目蔵を以て、上首大迦葉尊者に付す。展転伝授すること二十八世達磨に至り、この土に届いて可大師を得、承襲して我れに至る、今法宝及び所伝の袈裟を以て、用いて汝に付す。善く自ら保護して断絶せしむることなかれ。師跪きて衣法を受けて啓して日く、法は則ち既に受く、衣何人にか付せん。祖日く、昔達磨初めて至る、人未だ信ぜず、故に衣を伝えて以て得法を明かす。今信心既に熟す。衣は即ち争いの端なり、汝が身にとどめて亦伝えざれ。且らく当さに遠くに隠れて時を待ちて行化すべし。いわゆる受衣の人は命懸糸の如くならん。黄梅の麓に渡しあり、祖自ら送りてここに至る。師いっして日く、和尚速やかに還るべし、我既に得道す、まさに自ら渡るべし。祖日く、汝既に得道すべしと雖も、我れなを渡すべしと云いて、竿を取りて彼の岸に渡し終わり、ひとり寺に帰る。それより後五祖上堂せず。衆問えば、我が道逝きぬと、師の衣法何人か得る、祖日く、能者得たり。盧行者、名は能、尋ぬるに既に失せり。すなわち共に走り追う。時に四品将軍、発心して慧明というあり。衆人の先となりて大ゆ嶺にして師に及ぶ。師日く、この衣は信を表す、力を以て争うべけんや。衣鉢を盤上に置きて草間に隠る。慧明至りてこれを揚げんとするに、力を尽くせども揚がらず。大いにおののきて日く、我れ法の為に来る、衣の為に来たらず。師出て盤石の上に坐す。慧明作礼して日く、我が為に法要を示せ。師日く、不思善、不思悪、正与麼の時、那箇か是れ明上座本来の面目。明、言下に大悟す。また問いて日く、上来密語密意の他、かえりて更に密意ありや。師日く、汝がために語る者は即ち密に非ず。汝若し返照せば、密は汝が辺に有らん。明日く、慧明黄梅に在りと雖も、実に未だ自己の面目を省せず。今指示をこうむる。人の水を飲んで冷暖自知するが如し。今行者は即ち慧明が師なり。師日く、汝若しかくの如くならば、吾と汝と同じく黄梅を師とせん。明礼謝して返る。後慧明を道明と改む、師の上字を避ければなり。師四県の猟師の中に隠れて十年を経る。二僧あい争う、風刹旙を揚ぐ、一は旙動くと日い、一は風動くと日う、師日く、風旙の動くに非ず、仁者の心動くなりと。これを以て出世す。
然して後曹溪に返りて大法雨を雨降らす、覚者千数に下らず、寿七十六にして沐浴して坐化す。
六祖大鑑慧能禅師によって宗風大いに興ること、またこれが伝法出世の因縁、人のまたよく知るところです。信を表するもの、たとい石の上に置かれようが、取ろうたって取れんです、このときいったいこれの何たるかを知る、作礼して日く、我が為に法要を説けと、不思善不思悪、正与麼の時那箇かこれ明上座が本来の面目。まさに目の当たりまったく他にはないことを知る、言下に於て大悟すとは、今も昔もあるんです、存在するという無自覚、常にその中にありながら、別こと余計ことなんです。身は菩提樹と願い、心は明鏡台の如しと示し、どうにもそうはなり切れんのを、時時につとめて払拭せよ、塵埃をひかしむることなかれとやる、嘘でありごまかしです。菩提もと樹にあらず、明鏡また台に非ず、いいですか明鏡そのものですよ、菩提心与麼に長ずるんです、本来無一物、手つかずのものみな、いずれの処にか塵埃をひかん。ちりもほこりもない、真正面ですよ。すると、旙動かず風動かず、こっちがこう揺れていたりするんです。

臼を打つ声高し虚碧の外、雲に簸るる白月夜深うして清し。

簸るとはふるいにかけて選り分けるんですか、砂米一時に去る、それじゃ大衆は何を食うというのあったですが、応無所住而生其心と感悟するところのものを、出入し長長出させるんですか、砂も米も同じに見え、空間も同じに映り、しかもなをかつ、これをついて米白まり、これを簸る神変不思議です、あると思いあとかたと見え影とも見える、自分という架空請求がまったく失せるんです、よってもって臼を打つ声高しです、虚碧の外という、ほうら他なしです、雲に簸るる白月と、ものみなはっきりしています、深うして清しと、それっこっきりですよ、世間も仏教界もないんです、あっはっはこんなの出世は難中の難ですか。でもさ、今の世も知る人はちゃ-んと知る。

c0015568_23525361.jpg

[PR]
by tozanji | 2005-12-28 00:00 | 伝光録

第三十二章

第三十二章

第三十二祖大満禅師、黄梅路上に於て三十一祖に逢う。祖問いて日く、汝何の姓なる。師日く、性は即ち有れども是れ常の姓にあらず。祖日く、是れ何の姓ぞ。師日く、是れ仏性なり。祖日く、汝姓無きや。師日く、性は空なるが故に無し。祖黙して其の器なるを識り、法衣を伝付す。


師はき州黄梅県の人。先に破頭山の栽松道人たり。かつて四祖に請うて日く、法道得て聞きつべしや。祖日く、汝すでに老いたり、若し聞くことを得るとも、よく化を広めんや。若し再来せば吾なを汝を待つべしと。即ち去りて水辺に往いて、女の衣を洗うを見て、礼して日く、寄宿し得てんや否や。乃至女一子を生む、不詳の子とて濁港の中に捨てる。流れに濡れることなし、神仏護持して七日損せず。母これを見て養う、長じて母とともに乞食す。人呼んで無姓児という。智者ありていう、この子七種の相を欠きて如来に及ばずと。黄梅路上に四祖の出遊に会う。即ち骨相奇秀常童に異なるを見て、問いて日く、汝何の姓ぞ。乃至黙してその法器なるを知り、母に請して出家せしむ、時に七歳なり。よって伝法出家せしより、十二時中一時も蒲団にさえらることなし、余務欠くことなしと雖も、かくの如く坐し来る。上元二年、徒に示して日く、吾事すでに畢んぬ、すなわち逝くべしと云いて、坐化す。
現代人からみると、理不尽というか奇異な伝えですが、たといどうなろうと、そのことわりをまっとうするんです、寸分も忽せにせぬ所が見えます、どうかこれを見習って下さい。さまざまな人に接し、そのありようを見るに、すんなりと行く人、滞り七転八倒の人、あるいはまったく無縁の人、せっかく開示しながらどうにもこうにもの人、はたして宿縁のなせるが如くと、いえたとい今生も、蒔いた種は刈らんが如きです、必ずやその結果を得る、これをもって念じて、ついには仏です、如来来たるが如しと、これを観じて下さい、故は如何、仏教に一微塵も過ちはないんです、他なしにこうあります。

月明らかに水潔く秋天浄し、豈片雲の大清に点ずる有らんや。

たとい親不孝傍迷惑、云う甲斐もなやのわしみたいなものでも、ついにそれを忘れ切ることができます、悪業の中の悪業出家非行道とて、自分が自分を許されぬ、ついにはその自分が失せるんです、すると如来仏という、もとこれのみがあって、私無し、私というあったかなかったか、夢にも見ないほどの、たかが百年足らずです、願くはもう一度生まれ変わって、若くして化を広めたいと思う、それはなんとも滞って、この世この身心を徒労に用いる歳月の長かったこと、未だに一人の跡継ぎをも見いだし得ないことです、とにかくあっはっは死ぬまで生きるんですか、暁幸を待つ。

c0015568_23465570.jpg

[PR]
by tozanji | 2005-12-27 00:00 | 伝光録

第三十一章

第三十一章

第三十一祖、大医禅師、鑑智大師を礼して日く、願くは和尚慈悲、乞ふ解脱法門を与えよ。祖日く、誰か汝を縛すや。師日く、人の縛するなし。祖日く、何ぞ更に解脱を求めんや。師言下に於て大悟す。


師諱は道信、師生まれて超異なり、幼より空宗の諸の解脱門を慕う、あたかも宿習の如し。年十四にして三祖大師に参じて日く、願くは和尚慈悲、乃至言下に大悟す。師祖風を続ぎて摂心寝ることなく、脇席に置かず六十年、徒衆とともに吉州に到る、群盗城を囲みて七旬に及ぶ、師憐れみて摩訶般若を念ぜしむ、時に群盗城壁をうかがうに、神兵あるが如し、定めて異人あるべしといって、ようやく引き下がる。帰りて破頭山に住す、学侶雲集す。一日黄梅路上に親しく弘忍を接し、牛頭頂上に横に一枝を出す。唐の太宗詔して京に招く、師上表して遜謝すること三返、使い来たりて、もし起たずば首を切れという、神色厳然、ついに切れず。一切諸法、悉皆解脱、汝等各自護念して、未来を流化せよと、云い終わりて安坐して逝す。
和尚慈悲乞う解脱の法門を与えよという、誰か汝を縛すや、いいえだれも縛ってはいないという、では何ぞ更に解脱と求めんや、師言下に於て大悟す。そうです、まったくこれっきりなんです、十四歳にしてこうです、七転八倒座禅により見性によち、ああでもないこうでもないの、まったくそんな必要のないことを、直きに知って下さい、手つかずの法門、手をつける必要がないんです、言下に於て大悟して下さい、まるっきりのただ。だからなんでもありあり、しゃばの我欲不都合のそのまんまですか、摂心寝ることなく、脇席につかず六十年です、自ずからにかくの如くです、務めてなすのおいて務めてなすんです、わかりますかこれ。

心空浄智邪正無し、箇裏知らず何をか縛脱す。縱ひ五蘊及び四大を別つも、見聞声色終に他に非ず。

もとこのとおりにあって、他にないのを何で知らず、何ゆえ安住せぬかという、根本の問題です、何ゆえと問いわれて、答えようがないんですか、いえ我欲のゆえに、とらわれのゆえに、いえ我れという架空のゆえに、五蘊あり四大ありする、見聞覚知を追うんですか、どうしてもこれを免れえぬと思い込むんですか、すなわちこう云えばこれ切りがないんです、切りのないのを人生という、いったんどうでもってことあります、これではならじということあって、願くは和尚慈悲、わがために解脱の法門を示せという、願くはなければ、だれも縛ってなぞいない、もとかくの如しとは気がつかない、これ仏教、でなくばもとっから仏の教え不要。たといまあそういうこってすか。

c0015568_23432679.jpg

[PR]
by tozanji | 2005-12-26 00:00 | 伝光録

第三十章

第三十章

第三十祖鑑智大師二十九祖に参ず、問いて日く、弟子の身風恙に纏わる、請うらくは和尚罪を懺せよ。祖日く、罪を将ち来れ、汝の為に懺ぜん。師良久して日く、罪を覓むるに不可得なり。祖日く、我れ汝が与めに罪を懺じ竟る、宜しく仏法僧に住すべし。


師は何れの人というを知らず、初め白衣を着て二祖に謁す。歳四十余なり、名字を云はず、礼して問いて日く、弟子が身風恙、癩病に纏わる、乃至宜しく仏法僧に依りて住すべし。師日く、今和尚を見て已に是れ僧なることを知る、未審し何をか仏法と名く。祖日く、是心是仏、是心是法、法仏無二なり。僧法もまた然り。師日く、今日始めて知りぬ。罪性は内に在らず、外に在らず、中間にも在らず、其心の如きも然り。仏法も無二なり。祖深く之を器とす、為に剃髪して日く、是れわが宝なり、宜しく僧さん(王に粲)と名くべし云々。三祖大師信心銘等今に残る、罪を求めるに不可得、我れ汝が為に懺じ得たりという、心身の救いこれ以外にないこと、今の世もまったく同じ、よくよく見てとって下さい、迷いから迷いへの諸宗付け焼き刃、殺し文句じゃないんです、無心という、心の無いことを知る、無いものは痛まない、傷つかないんです、無心とは是心是仏です、是心是法です、法仏無二、かくの如くです、僧法また同じく、まったくに他なしです。我れ今初めて知れりと、どうかこれ万人が万人、初めて知って下さい、罪性は内に在らず、外に在らず、中間にも在らず、心もしかなり、仏法無二なり。豁然大悟です、他なしに開ける。ようやく病癒ゆると。周の武帝仏法を廃する時にあたり、あらかじめこれを知って、法難を避ける、これ達磨般若多羅の記すに拠ると、のち大いに興る、鑑智はおくりなである。

性空内外無く罪福蹤を留めず、心仏本是くの如く法僧自ずから暁聡なり。

禍福はあざなえる縄の如しという、これ俗説ですよ、たといあざなえる縄の如くも跡なしです、それゆえたとい大悟十八辺小悟その数を知らずも、まったく跡なし、みずとりの行くも帰るも跡絶えてされども法は忘れざりけれ、では法とは何か、跡なしです。心というたとい顧みるものこれ、では見えない道理、よくよくこれを知って下さい、参じ尽くし参じ去ってのちに、自ずから明らか
です、取り付く島もないとき、ようやく使いえて妙です、信心銘、これを用いるによし、心銘またよしと云ったって、はてな一言半句思い出せないで弱った、わしはもうろくじっさ。

c0015568_23204554.jpg

[PR]
by tozanji | 2005-12-25 00:00 | 伝光録

第二十九章

第二十九章

第二十九祖、大祖大師、二十八祖に参持す。一日祖に告げて日く、我れ既に諸縁を息む。祖日く、断滅と成り去ること莫しや否や。師日く、断滅と成らず。祖日く、何を以て験と為す。師日く、了了として常に知る、故に云うことも及ぶべからず。祖日、此れは是れ諸仏所証の心体、更に疑うこと勿れ。


師姓は姫氏、父は寂、未だ子なく、常に思う、わが家善をなす、あに子なからしめんやと、一夕異光あり、室を照らす、その母よって孕む。照室の瑞をもって光と名づく。幼より志群を抜き、書を読み家産を事とせず。山水に遊び、嘆じて日く、孔老の教えは礼術の風紀なり、莊易の書は未だ妙理を尽くさず。龍門香山の宝静禅師について出家す。あまねく大小乗の義を学す。一日仏書般若を見て、超然として自得す。昼夜坐して八載を経しに、神人告げて日く、大道遙かなるに非ず、汝それ南せよと。神光と改名す、その頂骨五峰の秀出するが如く、したがい嵩山小林寺に到り、達磨大師に見ゆ。大通二年十二月九日、大師入室を許さず。その夜大いに雪降る。雪中に明けるを待つ。積雪腰を埋め、寒気骨に徹る。乃至、自ら利刀をとりて左臂を断ず。大師是れ法器なりと知って日く、諸仏道を求む、法の為に形を忘る、汝臂を断つ、求むること亦可なること在り。師ために名をかえて慧可と日う。ついに入室を許す、左右に給仕して八載、有る時師、大師に問うて日く、諸仏の法印得て聞くべしや。大師日く、諸仏の法印は人より得るにあらず。ある時示して日く、外諸縁を息め、内心喘ぐことなく、心墻壁の如くにして以て道に入るべし。大師ただその非を遮り、ために無念の心体を説かず。ある時大師に侍して、小室峰(嵩山の西峰)に登る、大師問う、道何の方に向かい去る。師日く、請ふ、直に進前せば是なり。大師日く、若し直きに進まば一歩を移すことを得ず。師聞きて契悟す。ある時大師に告げて日く、我れ既に諸縁を息む、乃至、さらに疑うことなし。
われ既に諸縁を息むという、左臂を切って出家沙門のこれ、ついに円成するんです、諸縁を放捨し、飲食節有りと、普勧坐禅儀にあるように、一歩禅堂に入れば、世の中の暮らしというんですか、あれこれ全般を離れて、わずかに身心を養う、本来を得る、もとのありように立ち返るこれです、それができたというんです、坐って真似事ではない、本来事これ。大師日く、断滅と成り去ること莫しや否や、思想考え方として、ちらとも残りあればこれです、無明無しあって無明の尽くる無しを知らないんです、そうですよ世の中諸縁のまっただ中なんです、しかも諸縁を息む、面白いんでしょうこれ、まさにこれを知らざれば、仏法なし、仏法としてちらよもあれば、諸縁対仏法です、すなわちこの事を得て下さい。大師日く、では何を以て験すと、諸縁有象無象と同じかと問う、銀椀に雪を盛り、明月に鷺を蔵す、混ずる時んば所を知ると、師日く、了了として常に知る、故に言うことも及ぶべからず。大師日く、これはこれ諸仏の心体、さらに疑うことなかれと。

空朗朗地縁思尽き、了了惺惺として常に廓明たり。

大祖神光慧可大師が、このように廓明了了、空朗諸縁尽きはてて、法を継ぎよってもって今に到る、師法を僧さん(王に粲)に付してのち、都辺に於て随喜説法す、四衆帰依すと、三十年におよび、あるいは諸の酒肆に入り、屠門を過ぎり、街談を習い、厮役にしたがうとある、酒屋へ入ったり、肉を食らったり、にぎやかな街をうろつき、雑多な人々といっしょになる、坊主はお経師家は説法など、らしくの形姿を破りすてて、むきだしに市井を歩く、どうですか他仏如来としてないんですよ、ついに法師和尚の類に、謗りを受けて獄中に死す、あっぱれ天下泰平です、いいですか、ほんとうにこれを得て下さい、お悟り虫では、そりゃなんにもならんです。

c0015568_2365424.jpg

[PR]
by tozanji | 2005-12-24 00:00 | 伝光録

第二十八章

第二十八章

第二十八祖、菩提達磨尊者、因みに二十七祖、般若多羅尊者問う、諸物の中において、何物か無相なる。師日く、不起無相なり。祖日く、諸物の中において、何物か最大なる。師日く、法性最大なり。


師は刹利種、クシャトリアなり、もとは菩提多羅と名づく。南インド香至王の第三子なり、王仏法を尊重して並びなき、あるとき無価値の宝珠をもって般若多羅に施す。王に三子あり、一は月浄多羅、二は功徳多羅、三は菩提多羅、尊者、施すところの宝珠を以て三王子に示して日く、よくこの宝珠に及ぶもの有りや否や。第一第二日く、この珠は七宝の中の尊なり、まことに超ゆるものなし。尊者の道力に非ずんば、よくこれを受けん。第三王子日く、これはこれ世宝なり、未だ上とするに足らず。諸宝の中においては法宝を上とす、これはこれ世光なり、未だ上とするには足らず。諸光の中においては智光を上なりとす、これはこれ世明なり、未だ上とするに足らず。諸明の中に於ては心明を上なりとす。この珠の光明は自ずから照らすこと能はず、必ず智光を借りてこれを光弁す。すでにこれを弁じ終われば、即ちこれ珠なる事を知る。必ず智珠を仮りて世珠を弁ずればなり。宝自ら宝に非ざることは、必ず智宝を仮りて法宝を明きらむればなり。師の道智宝なるが故に今世宝を感ず。しかれば即ち師に道あればその宝を現じ、衆生に道あればその宝を現ず。衆生に道あれば心宝また然かなり。祖その弁舌を聞きて、聖なることを知る、即ち問いて日く、諸仏の中において何物か無相なる。師日く、不起無相なる。祖日く、諸物の中において何物か最も高き。師日く、人我最も高し。祖日く、諸物の中において何物か最も大なる。師日く、法性最大なり。かくの如く問答して、師資心通ずと雖も、機の純熟するを待つ。父王崩御す、衆みな号絶するに、菩提多羅独り柩の前にして入定、七日をへて出ず。乃ち般若多羅の処に往いて出家す。後に師般若多羅の室にして七日坐禅す、般若多羅広く坐禅の妙理を指説す。師聞きて無上智を発す。般若多羅示して日く、汝諸法に於てすでに通量を得たり、それ達磨は通大の義なり、よろしく達磨と名付くべし。六十余載、震旦の縁熟するをもって、一葦に身を浮かべてという、梁の大通元年九月二十一日、よって最初梁の武帝に相見す。
梁の武帝、達磨太子に問ふ、如何なるか是れ聖諦第一義、磨日く、廓禅無聖。帝日く、朕に対する者は誰そ。磨日く、不識。帝契はず。終に江を渡って、小林に至り面壁九年。
梁の武帝という、実在の人物です、一代にして国を興し次代にはもう滅んだという、その因の多くは仏教に入れ揚げたせいだと、そりゃ発明の人だったんでしょう、でも仏宝僧を供養し、塔を建て、自らも放光般若経を講義し、終には天花乱墜し、地黄金に変ずるを見たという、これこそ仏教のエッセンス、如何なるか聖諦第一義と問う、答えは解かっている、頭なでてくれという、これ一般の問いです、どういうものか、知らないからというより、知っているから答えろという、これに対して、磨云く、廓然無聖、からんとしてなんにもないよと云う、すばらしいもの、これぞというものなんかないんです、金ぴか聖人いらない、個々別々だというんでしょう、帝呆然です、なんだと、そんじゃ仏心太子という、観音大師という、鳴りもの入りでやって来た、おまえは何物だ、朕に対する者は誰そと聞く、磨云く、不識。知らないというんです。達磨の不識というこれ、いいですか、花にあなたはだあれと聞く、知らないと答えるんでしょう、その他の答えはないんです。私は菊で管巻という種類で、なんのたれ兵衛が植えて、肥やしはどうで日照時間はどうで、弥彦の品評会で三位を取った、上を見れば切りもし、下を見れば切りもなし、まあこのへんでなど云い出したら、それっきり花なんぞ見る気もしなくなります。
知っている分みな嘘、見れども飽きぬ花です、人間だけが見るもいやな面付き、嘘ばっかりに枯渇しています、これはどういうこと、お釈迦さまが二千数百年前に気がついたことこれ、毛なし猿が、進化のいびつから発して、ついにその脳味噌を卒業しえずという、主客転倒事、客である観念知識にしてやられっぱなしです、これをどうにかせんけりゃ、人類も地球の未来もないんです。
仏教とはまさにこれ、花のように知らない人になって下さい、廓然無聖個々別々と地球のお仲間入りをして下さい、人間に似せたあっちの神さまこっちの独善じゃないんです、大人になって下さい、水や空の雲と一如にある、父母未生以前です、元の木阿弥という、帰家穏坐ですよ、ことはまるっきり単純です。
人間という砂上楼閣、自分という架空請求を断じて下さいという、たったそれだけ。
よこしまを去って、あるがまんまに帰る。
ぱ-らみ-た-彼岸に渡るお示しです。

更に方所無く辺表無し、豈秋毫よりも大なる者有りらんや

はい手付かずの工夫です。

c0015568_2334949.jpg

[PR]
by tozanji | 2005-12-23 00:00 | 伝光録

第二十七章

第二十七章

第二十七祖、般若多羅尊者、因みに二十六祖日く、汝往事を憶うや否や。師日く、我れ遠劫中を念ずるに、師と同居す。師は摩訶般若を演べ、我れは甚深修多羅を転ず。今日の事、蓋し昔因に契えり。


師は東インドの人なり。時に不如密多、東インドに至る、かの王を堅固という、外道を奉じ、長爪梵志を師とす。尊者至らんとして、王と梵志と同じく白気の上下貫くを見る。王日く、これ何の瑞ぞや。梵志予じめ尊者の境に入るを見て、王の善に遷らんことを恐れ、すなわち日く、これは是れ魔来たると。不如密多まさに都城に入らんとす、弟子とも鳩首して日く、我れら各呪術あり、天地をも動かし水火にも入るべし、何を患えんやと。尊者宮墻に黒気あるを見て、すなわち日く、小難のみ、王処に至る。王日く、師来たりて何をか為さんとす。尊者日く、衆生を度さんとす。日く、何の法をもって度せん。尊者日く、各その類をもって度せん。梵志怒りに耐えず、幻法をもって大山を尊者の頂上に化す。尊者これを指さす、たちまち彼の衆の頭上に在り。梵志ら恐れおののいて尊者に投ず、尊者愚或を哀れんでこれを指さす、化山したがい滅す。すなわち王の為に法要を説いて、真乗に趣かしむ。また王に云う、この国まさに聖人ありて、我れに継ぐべし。時に婆羅門あり、幼時に父母を失いて名氏を知らず、あるいは自ら瓔珞という。人呼んで瓔珞童子という、市井に遊行し乞食して日を渡る。人、汝行くこと何ぞ急なると問えば、汝行くこと何ぞ慢なると答え、何の姓ぞと問えば、汝と同姓という。王尊者と同車して行く、瓔珞童子稽首す。尊者日く、汝往事を憶ふや否や。乃至けだし昔因に契へり。尊者王に云いて日く、この童子は他に非ず、大勢至菩薩これなり、この聖の後に二人を出さん、一は南インドを度し、一は震旦、中国に縁ありと。ついに昔因をもっての故に、般若多羅と名づく。
各その類をもって度せんという、これ仏教の常套手段というより、仏教として別に何かあるもんじゃないんです、仏教=ダイアロ-グと云っていい、こうあるべきどうせにゃならんの問題じゃない、しゃくを以てしゃく(金に昔)に就くという、相手の愚或の、行き届かぬところを示す、大山をもってすれば、それを彼におっかぶせりゃいい、その衆に乗せりゃもっと効果的でしょう、戦争は悪い平和はいいという、はいそのとおりですよという、現実はどうなります、戦争は悪い平和がいいが、大山になってのしかかって、ちっとやそっとじゃ動きが取れん日本でしょう、愚或を指さして、したがい消滅です、ほかそんなことばっかりというのは、世間世迷いごとです、自分という架空請求の上に成り立っている、いえそうと思い込むんです、父母幼にして失われ、名も知らぬ、かえって自分という立脚点を免れる、家なく遊行の自在ですか、ですが尊者、往事を思うや否やと問う、来し方行く末として問うんでしょう、もしちらともあればこれ業障です、むかしのことなんて思わないよという、如来まさに追憶なしです、ところがそやつを通り越して、師と同居す、同安居ですか、今の下士官修行新兵さんはつらいよねの、僧堂安居、同じ釜の飯食ってじゃない、そりゃ追憶倒れ、そうじゃない、師は魔訶般若を説き、我れは甚深修多羅を転ずと、ただこうしてこのとおりあるんです、山水長口舌と敢えていう、たった一つことです、塵未来済こうしているというんです、ゆたらス-トラ、学者が論じ坊主ぜにもうけとは無関係です。

潭底の蟾光空裏に明きらかに、連天の水勢徹昭して清し。再三撈漉して縱ひ有ることを知るも、寛廓旁分虚白にして成る。

潭は深い水蟾は龍です、この一連瓔珞童子がまさに答える、師と同居す以下です、情識妄想の取り付く島もない、もとのありよう七通発達です、撈漉は水中に入ってものを取ること、学者徒労は猿の月影を追うという、水に映った月を取ろうとして再三するわけです、たとい本来の月、あるいは両箇たるを知るも、これを用いる、廓然無聖です、がらりこうあって個々別々、旁分は事物を明きらかにする、科学の追求真理という、一神教成れの果てとは違うんです、虚白自分というものなくしてものみな、ぱ-らみ-た-摩訶般若波羅蜜多彼岸にわたる=知慧なんです、仏知慧として別にあると思っている間は、そりゃ届かんです。

c0015568_2304281.jpg

[PR]
by tozanji | 2005-12-22 00:00 | 伝光録