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第四十三則 羅山起滅

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 衆に示して云く、還丹の一粒鉄を点じて金と成し、至理の一言凡を転じて聖と成す。若し金鉄二なく凡聖本同じきことを知らば、果然として一点も用不著。

挙す、羅山巌頭に問ふ、起滅不停の時如何。頭咄して云く、是れ誰か起滅す。

 羅山道閑禅師は巌頭全豁の嗣、巌頭は徳山宣鑑の嗣、還丹は神仙秘密の霊薬という、一粒用いて鉄を金に変え、至理の一言凡を聖にかえという、世の中一般の希求です。なぜにそうなるかというと、どっかに不満があるからです、不満なく遊び惚けている三つの子は、たいていそんなこと云わんです。不満のよって来る所を何かと問えば、たいていいろんなこと云います、でもそれ念起念滅する、それを観察するという、これがたった一事によるんです。まずもってこれを知って下さい、知ってもって念起念滅を観察しない工夫です。起滅のまんまにある、ぽっと出ぽっと消えるそのまんまなのに、どうして返り見る、うるさったいだけです。もとないものに煩わされる、これが大問題なんです。いえ人の問題他になし、歴史も宗教も哲学思想も、もとこれの問題なんです。よって還丹の霊薬なにをもってという、処方箋なんかない、まっすぐです。真正面に向き合うとない、だって心が心を観察すること不可能事です。巌頭云く、是れ誰か起滅す。わたくしごとでいえば、かつて摂心に妄想煩瑣に悩まされ、なんとかしようと思った、なんとかしようと思うほどにいよいよです、もう真っ黒になってやってたです、四日めであったか精魂尽き果てて、もうどうにでもなれといったとたん、ふわあっとなんにもなくなった。からんとしちまって脳死みたいです。なんのことはない起滅する念を観察しないだけです。無心心なしとはこれ、自然のありようなんです。念を念が見るというのが不自然なんです。よって悩み苦しむんです、アッハッハそれを妄想というんです。即ち歴史の始まりですか。

 頌に云く、老葛藤を斫断し、狐か窟を打破す。豹は霧を披して文を変じ、竜は雷に乗じて骨を換ふ。咄。起滅紛紛是れ何物ぞ。

 か穴に巣やっぱり穴です、老葛藤を斫断し狐か窟を打破すとは、まさにこれ坐禅そのものです、なにしろいつだって老葛藤、どこまでいっても、いいのわるいのさあどうだです、これをどうにかできれば、きれいさっぱりしたいと踏ん張るわけです。さあどうしたらいいですか、坐るっきゃないです、アッハッハ換骨奪胎ですか、豹は霧によって模様を替え、竜は雷によってという、機縁に触れてがらっと変わる、転ずるんですか、はい坐って下さい、要は自分をもて運んで得ようとしないんです、自分明け渡して行くんです。換骨脱体もがらっと変わろうが観察しないんです。昨日の我はもうないんです、念起念滅をそのまんま。どうしてもそれができないったって、はい坐って下さい。坐るしか解決の方法ないですよ。他人はこれを知らないんです、知っているあなたこそ幸いです、まっしぐらに坐って下さい、坐が坐を知る、風景が風景を坐る、虚空が虚空を息づくんです、この間まったくあなたの取り柄なし、もと起滅紛紛もはいどうぞごかってにというぐらい、まずはあるいは目を向けるとないんです。

画像の出典  オーストラリアの野生植物/方丈の旅行記より
by tozanji | 2005-05-13 00:00 | 従容録 宏智の頌古


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